「日本人として死にたい」―台湾人99歳元軍属が訴え


日本国籍確認訴訟

 日本統治下の台湾で生まれ育ちながら、戦後に日本国籍を喪失したのは不当として、台湾人の男性3人が日本国籍を有していることを日本政府に確認を求めた訴訟は12日、東京地裁で口頭弁論が開かれた。原告の一人、楊馥成(ようふくせい)さん(99)は、先の大戦を日本軍属として戦った経験を振り返りながら、「自分が日本人だということを片時も忘れたことはない」と主張。「最期は日本人として死にたい。どうか私たちの願いをかなえてほしい」と、涙ぐみながら訴えた。

東京地裁での口頭弁論を終え、記
者会見する楊馥成さん12日、東
京都千代田区の弁護士会館(村松
澄恵撮影)

 楊さんは1922年に旧台南州の農家に生まれた。台湾から夏の甲子園大会に出場し、準優勝したことで知られる嘉義農林学校(現在の国立嘉義大学)を卒業。州の役人として働いている時、新聞に掲載された軍属募集広告を目にし、志願した。

 「日本人の一人として日本を護り、アジアを植民地支配から解放するために闘うことに尊い使命を感じた」という。補給部隊に配属され、シンガポールで食糧確保に奔走した。

 ところが、軍属の経歴を持つ楊さんは戦後、大陸から移ってきた蒋介石・国民党政権から反体制異分子とみなされ、7年間も投獄された。「拷問を強いられ、裁判もないまま拘束が続いた。恐ろしい体験だった。どんなに母国日本からの救助を期待したことか」

 日本政府は52年発効のサンフランシスコ平和条約で台湾の領土権を放棄。最高裁は62年の判決で、日本と台湾が締結した日華平和条約の発効により、台湾出身者は日本国籍を失ったとの判断を下した。

 日本統治下の台湾から戦地に派遣された日本軍人・軍属は20万人以上に上り、このうち3万人以上が戦死したとされる。だが、遺族や戦傷者のほとんどは、弔慰金や傷痍年金の支給を受けていない。

 原告側代理人の徳永信一弁護士は、記者会見で「世界人権宣言は国籍を人権と位置付けている。本人の同意がなければ勝手に動かすことはできない」と主張。「日本が戦後、置き去りにしてきた問題だ」と述べ、日本政府は戦後処理の一環として前向きに取り組むべきとの見方を示した。

 訴訟はこの日で結審し、判決は1月11日に下される。