今必要な「ポジティブ心理学」

メンタルヘルスカウンセラー 根本 和雄

充実した人生を求めて
心構えを変えて生活を変革

根本 和雄

メンタルヘルスカウンセラー 根本 和雄

 1998年の夏にサンフランシスコで開催されたアメリカ心理学会(APA)で、会長のマーティン・セリグマン教授(ペンシルベニア大学)が講演を行い、二つのことを提起している。すなわち、これまでの心理学の発展は著しいが―特に臨床心理学の領域では―精神的な障害や人間の弱さの面に注目が当てられたネガティブな側面に偏りがちであったことへの反省から、これまでの心理学を見直そうとする提案である。

 もう一つは、今後の心理学は、人間の持つ強さの側面すなわち人間としての「精神的な力」(Human strength)を引き出し、それによって社会を支える心理学を目指すことを主張し、このような心理学を「ポジティブ心理学」(positive psychology)であると述べている(『ポジティブ心理学の挑戦』)。

 すなわち、「ポジティブ心理学」は、仮に心に病がなくても、そのような疾患にならないように対処し「今よりもよりよい状態を目指す学問である」ということができるという。

 さらに、重要なことはウェルビーイング(well-being)すなわち「心身共に充実したよりよい状態」こそがポジティブ心理学の目標であり、加えて仮に心が折れそうになったとしても元に戻る力(自発的治癒力)すなわち、「レジリエンス」(Resilience)を養うことが重要であるという。

 つまり、どんな厳しい状況でもポジティブな面に視点を向けて、柔軟(Flexibility)にして強靭(きょうじん)さ(Robustness=しなやかな強さ)を身に着けることの大切さを説いている。

 さて、ポジティブ心理学の研究によれば、「人間の幸せの48%は遺伝的要因であり、残り52%は心の持ち方(心のありよう)が重要である」という。いかに、「信念体系」が重要であるかということに他ならないと思う。

 確かに、W・ジェームズ(アメリカの心理学者・哲学者)は、“自分の精神的態度を変えることで、自分の人生を変えることができる”と語っている。

 従って、信頼・希望・勇気・楽観的など肯定的心理要因が精神的不安感を抑制し、自分の人生の充実を図る契機になるという。

 そこで、セリグマン教授は、充実した人生を送るための方法として次のことを述べている。

 ①誰かに感謝の手紙を送る②他の人々に親切に対応する③一日の終わりにその日の良いことを書く④他人と比較をせず自分らしく生きる⑤人生の目標に邁進(まいしん)する(これを「展望的記憶」という)―これらを実行することによって、「充実した人生」を送ることができるというのである。

 また、ウェルビーイング(心身の良好な状態)を維持するには、次の五つの要素(PERMA)を持っていることが重要であるという。①ポジティブ感情(Positive emotion)=P、②没頭・従事(Engagement)=E、③人間関係(Relationship)=R、④意味・意義(Meaning)=M、⑤達成(Achievement)=A。

 この五つの要素(PERMA)を高めることによって、より健康的で病気になりにくく、PERMAが高い人の方が低い人よりも寿命が8年も長いことも分かっているという(M・セリグマンの日本での「講演要旨」本紙平成30年9月14日付参照)。この五つの要素は、人生をより豊かにかつ健やかに保つ重要な要因であると思う。

 かつて、ローマの哲人皇帝マルクス・アウレリウスはこう語っている。“われわれの人生とは、われわれの考え方が創りだすものである”と。確かに、ポジティブ心理学の考え方には、私たちが日々、どんな「信念体系」を持ち続けるかということが、人生に大きく影響を与えずにはいられないことを実感する思いである。

 さて、これまで述べてきたことを要約しつつ、その要点を整理してみたいと思う。

 M・セリグマン教授の説く「人生を豊かにするポジティブ思考」は、人生を幸福へと導いてくれるのであるが、その「真の幸福」は、常に深い内面的な充実と結び合っているということでか。それは同時に“自分の年齢を肯定する”ことこそ「真の幸福」はなかろうの前提となると思うのである。同時に“他者を肯定すること”(近代心理学の三大碩学(せきがく)のアドラーによれば「他者信頼」ということ)。さらには、“自分の弱さに気付くこと”こそ人生を幸福にする心の処方箋ではないかと痛感せずにはいられないのである。

 人格医学を提唱したポール・トゥルニェ(精神科医)は、人生の目標は<真に成熟した人間になること>で、それは<状況に応じて適切な行動を取る能力を持った“内的に自由な人間”になること>であると語っている(『人生の四季』1970年)。この“内的に自由”であることこそ「真の幸福」ではなかろうか。

 終わりに、改めて次の言葉を思い出すのである。

 “今世紀の最も大きな発見の一つは「人はその心構えを変えることによって、生活そのものを変革できる」ということである”

(W・ジェームス)

(ねもと・かずお)