「世代を継承する」義務と責任
平成国際大学教授 浅野 和生
過程共有の価値見直しを
手間厭わないのが健全な家族
教育基本法はその前文で、日本国民は「民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献する」ことを願い、この理想を実現するため「個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期する」とともに、「伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する」ことを宣言している。
また第2条で「幅広い知識と教養」を身に付け、「豊かな情操と道徳心」「健やかな身体」「自主及び自立の精神」「勤労を重んずる態度」「正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力」や「公共の精神」等を養うことを掲げ、最後に「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」を教育目標として掲げている。
「我が国と郷土を愛し」「民主的で文化的な国家を更に発展させる」ためには、日本が豊かな社会として、十分な人口を保ちながら国家として存続することが必須である。つまり、我々一人一人には、悠久の昔の先祖たちから今日まで連なる歴史を前提としつつ、すぐ目の前の世代を通して産み育てられたように、健全な家庭を築いて次の世代を産み育て、「世代を継承する」義務と責任がある。しかし、ここにはその文言がない。その結果、教育現場では一人一人の夢の追求、すなわち「自己実現」ばかりが強調され、「世代を継承する」義務と責任は語られることがない。
平成元年の日本の総人口は1億2320万余人で、平成26年の1億2729万余人までは増加が続いたが、翌年から減少に転じて平成30年の推計値は1億2642万余人となっている。総人口の減少に加えて、その内実として少子高齢化が進んでおり、100歳以上が7万人を超える一方で、2016年に出生数が98万1000人と初めて100万人の大台を割り込み、翌年には94万1000人となって、若い世代の人口減少に歯止めがかからない。21世紀末には6400万人、現在の半数以下になるという推計値もある。
ところで、国立青少年教育振興機構の平成27年の調査によると、全国の20代から30代の男女が結婚していない理由として、6割が「経済的に難しい」、次いで5割が「一人が楽である」と答えた。
そもそも今の若者世代の6割が結婚できないほど「経済的に難しい」状態にあるとは考えにくいが、これを「一人が楽である」という答えと掛け合わせてみれば、今日の日本には悪しき個人主義が蔓延(まんえん)する一方、「世代を継承する」義務と責任の自覚がないことが明らかになる。この世代は、自分は先祖と親の世代の恩恵を被って今の生活が与えられているのに、先祖や親への感謝と、次の世代への想像力が欠如しているのである。これは、人間として進歩向上ではなく、劣化衰勢に向かっていることに他ならない。
さて、この年末年始、クリスマスに異性とデートをしようとし、初詣を二人で楽しもうとする人たちは、相手を喜ばせるために前から準備をし、時間を使うことを厭(いと)わなかっただろう。結婚式の準備を進め、新たな生活を始めようとするカップルも、子供を育てるときの親も、時間をかけることは惜しまないはずである。
家庭を築き、家族生活を営むこと、子育てをすることは、他者との時間の共有によって実行される。つまり、夫婦で、親子で、一緒に料理をしたり食事をしたり、部屋の片付けや飾り付けをしたりする、その過程そのものが重要である。時間を共有し一つの過程を分かち合うこと、それによってお互いの人生を分かち合うことが、家族生活の本質である。ファミレスに家族で来ていても、それぞれ手にスマホを持って、てんでに自分の時間だけを過ごしていてはだめである。
そもそも手間を惜しまないこと、面倒なことを厭わないことなしに恋愛も結婚も子育ても、家族生活もありえない。人間関係の構築は面倒なものである。その手間のかかる過程の共有を通じてこそ、文化や伝統が継承されていくのである。合理化、効率化を追求するだけの社会では、「世代を継承する」義務と責任を果たすことは次第に困難になる。
経済界で推奨される、最新の機器の使用や合理化の発想で、過程の省略、簡素化、合理化はできるが、そのような発想は家族生活には不適切であり、愛情の欠如以外のなにものをも意味しない。
家族という場では、そうではなく「世代を継承する」義務と責任を弁(わきま)えた上で、手間を惜しまず、面倒なことを厭わないことが望まれるのである。そこでは経済界とは別の価値観が強調されなければならない。
AI(人工知能)とIoT(モノのインターネット)の普及が叫ばれ社会の効率性の実現、生産性向上が強調されているが、人間生活には手間がかかることを良しとすることでしか継承されない人のつながりがある。平成という時代が終わり新たな御代が始まる今年、将来の日本のために、社会、とりわけ教育現場で、「世代を継承する」義務と責任にスポットライトを当てるとともに、時間をかけ手間を厭わないこと、過程を共有することの価値を見直すべきであろう。
(あさの・かずお)