ユダヤ人の最新「族外婚」事情

佐藤 唯行獨協大学教授 佐藤 唯行

米の白人支配層が評価
アジア系女性との結婚も急増

 族外婚はユダヤ人の生活の中で最も物議を醸す問題だ。その歴史は古く、「ユダヤ民族の始祖」アブラハムが2番目の妻ハガルと行った結婚も族外婚だった。族外婚を禁じる神の命は異教徒女性が発する色香の前にたびたび敗北を喫したのだ。中世になるとキリスト教会の法により厳罰化されたため、その数は激減する。ユダヤ娘と結婚したキリスト教徒が火刑に処せられる事件さえ起きている。

 時代が下り近代の英米で宗教的に寛容な社会が出現すると、民族・宗教を異にする者同士が愛によって結ばれるようになる。1776~1840年のアメリカでは、ユダヤ人の結婚の28%が族外婚だった。当時の北米は差別も弱く、ユダヤ人はキリスト教徒から「容認できる伴侶」と見なされていた。何よりもユダヤ人口が希少だったので、ユダヤ人側としても独身が嫌ならキリスト教徒と結婚するしかなかったのだ。

 一方、大量の貧しいユダヤ移民が押し寄せ、アメリカ史上最も差別が強まる1920~30年代には3%に急減。族外婚は差別の強弱、結婚相手となる同族の増減と密接に連動しているのだ。

 ちなみにユダヤ教教派の中でも族外婚に寛容なのは、戒律が最も緩い改革派だ。極めて不寛容なのは最も厳しい戒律を順守する正統派だ。両者の中間に位置する保守派では、タブーではないが歓迎されぬ結婚なのだ。

 族外婚が急増するのは70年代以後だ。多文化主義がアメリカ社会に根付き、人々の差別意識が弱まったからだ。族外婚に関する90年の調査結果は衝撃的だった。在米既婚ユダヤ人の配偶者の実に52%が非ユダヤ人だったからだ(この数値は今日に至るまで高止まりしている)。

 正統派はこの状況を「第二のホロコースト」と呼び、警鐘を鳴らした。族外婚の結果生まれた子の多くがユダヤ教徒として育てられておらず、これが将来ユダヤ人口の激減を引き起こすかもしれぬと主張したのだ。一方、改革派は事態を楽観視した。族外婚の4分の3強は男性だからという理由によってだ。ユダヤ人としての文化的・宗教的すり込みは専ら母親を通じて子になされるので、ユダヤ人男性がいくら族外婚をしようとユダヤ人口の激減には至らないと考えているのだ。

 ユダヤ人がアメリカ社会のパワーエリートの一員に成り上がった21世紀になると「結婚市場」におけるユダヤ人の評価も好転する。

 白人キリスト教徒支配層にとり、ユダヤ人との結婚は「容認できるもの」から「望ましいもの」へと変化したのだ。それを示す好例はトランプの長女イバンカの結婚相手だ。新郎はユダヤ教徒(現大統領上級顧問のクシュナー)で、イバンカ自身も結婚を機にユダヤ教へ改宗しているのだ。また前回の大統領選をトランプと争ったクリントンの一粒種、チェルシーの結婚相手もユダヤ教徒だった。

 族外婚のお相手は白人キリスト教徒と長らく相場が決まっていたのだが、近年ユダヤ人男性のお相手に変化が生じているのだ。アジア系女性(とりわけ中国系と韓国系)との族外婚が急増しているのだ。このあたりの事情を映像で描写したのが、今秋10月わが国で劇場公開が決定した米・イスラエル合作映画「嘘(うそ)はフィクサーのはじまり」(主演リチャード・ギア)だ。

 主人公は韓国系女性とユダヤ教にのっとった結婚式を挙げたいと願う甥の望みをかなえるため、所属するユダヤ教保守派信徒団のラビ(導師)に掛け合う。族外婚の司宰を喜んで引き受けてくれるのはユダヤ教の中でも改革派のラビだけで、保守派のラビはそう簡単に引き受けてはくれない。結局、信徒団存続に必要な大口献金集めに奔走する主人公に免じてラビは結婚式実現のために骨を折ることになる。せめて式だけでもユダヤ風にして両親を喜ばせたいという甥の願いは成就するのだ。

 アジア系女性とユダヤ人男性との族外婚カップルの中で最も有名な実例は、世界最大の人脈サイト、フェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグと彼の中国人妻であろう。なぜアジア系娘と付き合うのかという質問に対して、彼の親友で創業資金を提供した某ユダヤ男性は「釣れそうな魚の多い池に行くのと同じことだ」と答えている。恋愛が苦手で内気な秀才タイプのユダヤ人男性でも、女性の方から積極的にアプローチしてくるアジア系女性となら苦労せずに高い確率で結婚にゴールインできるということなのだろう。

 裕福なユダヤ人家庭で大切に育てられたわがままなお嬢様より、慎ましい移民家庭出身のアジア系女性の方が男性に多くを求めぬ「かわいい女性」と映るのかもしれない。米英語にはJAP(ジャップと発音する)という言葉がある。日本人の蔑称ではなく「ユダヤのわがままなお嬢様」を指す。Jewish American Princessの頭文字を取って作られた新造語なのだ。こんな言葉ができるほど、ユダヤ娘の花婿候補への要求度は高いのだ。

 今はやりの言葉に「女子力」という言葉があるが、ユダヤ娘も女子力を高めないと早晩、目ぼしい同胞の男性を軒並みアジア系女性に取られてしまうやもしれない。(敬称略)

(さとう・ただゆき)