「避難情報」と早めの避難行動

濱口 和久拓殖大学大学院特任教授 濱口 和久

毎年発生する大雨災害
「逃げ遅れ」が生命の危険招く

 これからの季節、日本列島のどこかで大雨による災害が起きる可能性がある。昨年7月の九州北部豪雨では、福岡県朝倉市、同県東峰村および大分県日田市などを中心に河川の氾濫(はんらん)、浸水害、土砂災害が起き、甚大な被害をもたらした。福岡県で34人(朝倉市で31人、東峰村で3人)、大分県日田市で3人の計37人が亡くなった。また、朝倉市では4人が行方不明になっている。

 毎年、大雨による犠牲者は、安全な場所(学校や公民館など)に逃げ遅れたことにより亡くなる場合が多い。地震と違い、大雨が降ることは気象予報などを通じて、ある程度は想定できる。大雨が降る場合には、「避難情報」に基づいて、早めに避難することが、自分や家族の生命(いのち)を守ることにつながる。

 避難情報は、「避難指示」「避難勧告」「避難準備・高齢者等避難開始」の三つの段階に分かれている。最も緊急性を要するのは「避難指示」が発令された場合だ。

 災害対策基本法第60条(市町村長の避難の指示等)第1項には次のように書かれている。

 「災害が発生し、又は発生するおそれがある場合において、人の生命又は身体を災害から保護し、その他災害の拡大を防止するため特に必要があると認めるときは、市町村長は、必要と認める地域の居住者、滞在者その他の者に対し、避難のための立退きを勧告し、および急を要すると認めるときは、これらの者に対し、避難のための立退きを指示することができる」

 この条文に基づき、平成17年に内閣府が作成した「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」では、「避難勧告」は人的被害をもたらす状況で、通常の避難行動ができる人は避難を開始しなければならない段階とされている。

 「避難指示」は、「避難勧告」の状況よりも、さらに水害などの災害の危険が切迫している場合に出される。「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」では、災害の前兆現象や、そのときの切迫した状況から、人的被害が起きる可能性が非常に高いと判断された段階に発令されるとしている。「避難勧告」に従って、既に避難した人は、迅速かつ確実に避難を完了する必要がある。まだ避難していない人はすぐに避難する。また、避難する時間的余裕がない人は、生命を守るための最低限の行動を取らなければならない。

 「避難準備・高齢者等避難開始」は、法律上の規定はなく、「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」や市区町村の地域防災計画などで定められている。人的被害が出る恐れが高く、事態の推移によっては、避難勧告や避難指示発令の可能性があるというときに避難に向けた準備を呼び掛けるもので、同時に避難に際して時間がかかるような要援護者(高齢者、身体障害者等)に対しては、避難を開始することを促す。

  居住者などに求める具体的な行動としては、要援護者は計画された避難場所への避難を開始し、避難を支援する人は支援行動を開始する。要援護者以外の人は、家族などとの連絡、非常持ち出し品の用意などの避難準備を開始するとなっている。

 平成28年台風10号による水害では、死者・行方不明者が27人を数え、東北・北海道の各地で甚大な被害が出た。岩手県岩泉町ではグループホームが被災し、入所者9人が全員亡くなった。高齢者施設において、適切な避難行動が取られなかったことを重く受け止め、高齢者などが避難を開始する段階であるということを明確にするため、このとき、「避難準備情報」から「避難準備・高齢者等避難開始」に名称が変更された。

 日本列島には、「土砂災害警戒区域」が20万カ所を超え、都道府県が選んだ「土砂災害危険箇所」は52万5307カ所もある。私たちは常に土砂災害の危険性と隣り合わせで暮らしているということも忘れてはいけない。

 土砂災害(土石流・地滑り・崖崩れ)の場合は、土石流のように谷の出口附近や川に近いところの家では破壊されることもあり、家の2階に避難するなどの「垂直避難」では十分に身の安全を守れないこともある。土石流などの向かって来る方向に対して、直角の方向で、少しでも土石流などから離れた所へ移動する「水平避難」を行う。

 災害時に「パニック」が起きることがあるが、簡単に起きるわけではない。人は、パニックよりも「逃げ遅れ」で生命を失う場合が多い。最悪なのは、逃げ遅れた結果として、事態が切迫した中でパニックが起きた場合である。

 大雨による水害は、身近に危機が迫らないと分かりにくい。川の水かさが増しても、人はまさか川が氾濫するとは思わない。家の中に濁流が入ってきて初めて水害が起きたことを知る人も多い。水害は危機が目前に迫るまで、人は危機感を感じないために避難が遅れ、甚大な被害を出すのである。

(はまぐち・かずひさ)