人生の豊かさと生きがい求め
感謝する人ほど幸せに
ポジティブ心理学の視点から
「ストレス社会」の昨今、人々の心は萎(な)えて枯渇し、知らず知らずに心が迷走〈マインドワンダリング〉し、いつしか〈ネガティブ・マインド〉に陥って、「今・此処(ここ)」に集中できない〈マインドレス〉な状態になっているのではなかろうか。
そこで、「今・此処」に集中する生き方を見詰め直し、ポジティブ心理学の視点から「人生の豊かさと生きがい」について考えてみたいと思う。
今、人生の豊かさとは何かと問われて、まず思い出すのは、“故旧の交わりに遇(あ)いては、意気いよいよ新たなるを要す。隠微の事に処しては、心迹(しんせき)宜(よろ)しくいよいよ顕(あき)らかなるべし。衰朽(すいきゅう)の人を待つには、恩礼当(まさ)にいよいよ隆(さか)んなるべし”(「菜根譚(たん)」前集162)という言葉である。
すなわち、「古くからの友人とは、常に新しい気持ちで付き合いたい。人に知られたくない機密事項を処理するには、公明正大でありたい。現役を退いた人には、以前よりもいっそう労(いたわ)りの心で丁重に接したい」というのである。これは常々心掛けたい人生を豊かにする三つの心の良薬ではなかろうか。
F・ベーコン(イギリスの哲学者)は、“旧友は親しく交わるべし、古書は読むべし”と語っている如くに、旧友との親しい交わり、そして「古典」との出合いが人生を豊かさの深みへと誘うのではないかと思う。
“良書は人類の不滅の精神である”と語ったのはイギリスの詩人ジョン・ミルトンである。確かに人生を豊かにする最良の方法は「古典」との出合いに他ならないと思う。
先達の残した書物には人生への深い洞察が秘められていて読むほどに内面的な充実感を覚えるのである。その内面的な充実感こそが「生きがい」の源泉ではないかと思う。
なぜならば、「生きがい」とは“生きるために必要な心の張りに他ならない”からである(精神医学者・神谷美恵子)。昨今、この心の張りが失われ、物事に柔軟に対処する処方箋が欠如し、全てのことを合理的かつ即効的にデジタル的思考のみが支配しつつある近頃の風潮を憂慮せずにいられないのである。今、求められる心の処方箋は、二者択一的に割り切れない曖昧さの許容ではなかろうか。この曖昧さを受け入れる〈しなやかさ〉こそが人生の困難を乗り超えるレジリエンス(精神的回復力)を培うことになるのではないかと思うのである。
なぜならば、C・ヒルティー(スイスの法学者)が語るように“多くの苦しみは正しくそれに耐えられるように定められている”からである(「幸福論」)。また、“苦しみに出合ったらまず感謝するがよい”と(同書)。これこそが解決の要諦への近道であるという。
また、“感謝する人ほど幸せを感じることができる”と語ったのは、ソニア・リュボミアスキー米カリフォルニア大学教授である。この感謝の心で近頃注目されているのが「ポジティブ心理学」〈positive psychology〉である。
その代表者、マーティン・セリグマン教授(ペンシルベニア大学ポジティブサイコロジーセンター長)は、人間はどうすれば幸福になれるかについての研究を進めている(1998年)。その結果、「幸福感を達成する方法」としてセリグマン教授は次の方法を提唱している。
一、誰かに感謝の手紙を書いて送ること。
二、他の多くの人々に親切に接すること。
三、一日の終わりにその日感動したことを多く書き出すこと。
四、自分を他人と比較しないで自分らしく生きること。
五、生涯の目標や希望(展望的記憶=Prospective Memory)に全力を傾けること。
これらのことを日々実行し続けることによって私たちが本来持っている人間としての精神的な力〈Human strength〉を蓄えることができるという。
また、ポジティブ心理学の調査によれば、「人間の幸せの48%は遺伝的要因であるのに対して、残りの52%は心の在りよう、つまり〈感謝の心〉が重要であることが明らかになった」という。さらに、信頼・希望・勇気・楽観的など肯定的心理要因が精神的不安感を抑制し、自分の人生を見直す契機にもなるという。
このような知見から「人生の豊かさと生きがい」は、目標の明確化・利他的行為に加えて、自己肯定感を有し、一日一日を今・此処を大切にしつつ、多様な交流の中から自然に醸成されるのではないかと思うのである。
終わりに、古代ローマの哲学者M・A・アントニヌスの言葉を味わい深く思う。
“わたしたちの人生は、わたしたちの思考によって作られる”と。
(ねもと・かずお)






