生命操作の危険性を考える
哲学者 小林 道憲
規制困難な生物兵器開発
超限戦争の時代に入った世界
現代文明の発展を推進してきた科学技術は、自然を改造することによってこれを構築してきたが、その力は生命にも及び、生命をも改造することができるようになった。20世紀末以来の生命操作技術の発達は、それを物語っている。今世紀も、この技術は進歩を遂げ、あらゆる生命の改造を可能にするであろう。すでに、生命は、人間の手で操作できる段階に達しているのである。それどころか、人間自身を人工的に改造しうる段階にまで踏み込んできているとさえいえる。
予測不能の遺伝子操作
生命操作技術の発達の中で最も目覚ましいものは、遺伝子操作技術の発達である。遺伝子の配列を自由に編集できるようになったからである。すでに20世紀末の段階で、遺伝子組み換え技術が発達、動植物の遺伝情報の解読も進展し、ヒト・ゲノムの解読も完了した。その結果、遺伝子診断、遺伝子治療、遺伝子操作による医薬品の増産、農産物の大量生産、家畜の増産など、遺伝子編集技術は大きなビジネスに発展しつつある。
しかし、この発達した遺伝子操作技術が何を生み出すことになるかは、誰にも分かってはいない。遺伝子編集の過程で、人為的に遺伝子変異が起き、新しい病原性微生物を作り出すことになるかもしれない。それは予測不可能な世界である。
これに倫理や法で歯止めを設けるといっても、その定義は国によってマチマチだから、たとえ国際基準を立てても、その基準は次々と破られていくであろう。科学技術そのものは盲目であって、科学技術の原理に従ってどこまでも突き進む危険性をもっている。それは、善悪以前のもので、善用もできれば悪用もできる。善用のみに限るわけにもいかず、悪用もされる。善悪は表裏をなしているからである。
例えば、今回の新型コロナウイルスのパンデミックは、中国の武漢ウイルス研究所(WIV)で操作された危険性の高いウイルスが、安全対策上の不備により流出したことから起きた可能性が強い。現に、WIVでは、遺伝子配列を操作して、コロナウイルスの感染性や病原性を人為的に高める〈機能獲得研究〉が極秘に行われていたという。だから、今回の新型コロナウイルスは、自然発生的なものではなく、動物実験も含めて、人為的に作られた〈病原性キメラウイルス〉である可能性が高い。事実、このウイルスの遺伝子配列を解析すると、操作された異常な特徴が見られるという。
しかし、この遺伝子配列データは、現段階では、中国の科学者の要請により削除されているといわれる。中国政府は、新型コロナの発生当初から、WIVのデータベースを突如オフラインにするなど、隠蔽(いんぺい)工作を行っている。これは、中国の生物兵器計画が公になるのを避けるための隠蔽工作だという見方がある。
中国人民解放軍には、少なくとも2017年あるいはそれ以前から、無制限のバイオ兵器開発の秘密計画があり、その研究をWIVが担っていたという。実際、中国軍は、生物学を将来の戦闘領域の一部と位置付け、サイバー分野や宇宙分野ばかりでなく、生物分野でも新兵器を開発し、世界的に優位に立とうとしている。戦争の形態は常に変わる。すでに、世界は、生物兵器も含めて超限戦争の時代に入っているのである。
ギリシャ神話の英雄、プロメテウスは、人類のために火を天上から盗んできて、人類に恩恵を与えたが、同時に、それは人類に災いをもたらしたために、コーカサスの山の岩屋に縛り付けられ、生きながらにして大鷲に肝臓(おおわし)を食われる罰を受けたといわれる。21世紀の今日、生命操作技術がどこまでも進んで、悪用もされていくとするなら、人類は、プロメテウスの運命を背負いながら、不安な時代を生きていく以外にないことになる。
核拡散食い止められず
このことは、すでに20世紀に、原爆の開発で人類が経験してきたことであった。核拡散防止条約や核査察の国際システムをつくってきた20世紀だが、核拡散を食い止めることはできなかった。21世紀の生物兵器の規制も、それと同じ道を歩まないとは限らない。
(こばやし・みちのり)