「一帯一路」の帯と路 無限の航路に“中国一路”
広大無辺に「帯」は無い
たしか2013年になってからだったように思うが、中国の内陸アジア研究会の人たちから、新疆で会議をやるのでぜひ出てきてほしいという誘いをたびたび受けた。内陸アジアといえば、中国新疆を中心とした俗にシルクロードと呼ばれた世界で、戦前のような政治や戦争といつか縁遠くなり、この地一帯は、わが国ではすっかりロマンチックな旅行を楽しむ人たちの憩いの場所となった。そのため、むしろ専門の研究者にとっては、魅力の乏しいところになったようだ。
かつてこの地域では回乱と呼ばれる民族対立が相次ぎ、関係者は互いに皆殺しという悲惨な事態が頻発していた。こういった事態には日本も至って関心を払っていたようで、明治政府は特に軍人や外交専門家を現地に派遣して、調査していた。1930年代の昭和の時代に入ると、中国の国内事情が複雑となり、調査自体が難しくなった。満州地方が日本の支配下となり、中国側の警戒心が強くなったからであろう。
ところで最近、中国では日本人がスパイ容疑者として逮捕される事件がしばしば発生している。何かシルクロードの現地調査も、そう気楽にできない時代に入ったのかもしれない。
現中国政府は、政治的ではなく、あくまで経済活動の一環として説明して、これまで絹街道などと呼ばれていた内陸アジア一帯を重要視しているという。経済的発展を近隣諸国を含めて目標にした構想といい、これを「一帯一路」と呼ぶことにしたらしい。このテーマの大きな特徴は、陸上の交通路だけでなく、海上も含めたということのようだ。これは一見何でもない発想のようだが、シルクロードの歴史を少しばかり知っていると、大変大きな変化といえよう。
長いこと中国にとって西欧に通じる陸上一帯は、もっぱら馬やラクダを使うルートで、中国を取り囲む南海からインド洋に抜ける海上航路は、無視されていたようだ。これがここにきて再評価された。インド洋から中国に至る海上ルートは、決して新しい発想ではない。古くは『千一夜物語(アラビアン・ナイト)』で登場する「シンドバッドの冒険」の中で語られる、宝石と香料の交易で巨万の富を築いた主人公シンドバッドの物語だ。この現代版を描くことが、中国の狙いの「一帯一路構想」なのだろう。
初めてこの構想名を聞いたとき、さっぱり意味が取れなかった。漢字の読みで「たい」という字が分からない。これをまさか英語の「ベルト」に当たる「帯」などとは予想もつかなかった。内陸アジアは広大無辺な原野であり、まさかベルトで表現できる世界と思ってもいなかったからだ。これまで私は内陸アジアを幾度か横断したことがあるが、これはもう想像を超える世界だった。これをベルトと表現するのはいささか無理であった。
海洋事情が様変わり
しかし、海のシルクロードになると「一路」というのも分からないわけではない。海のルートは一本ではなく無限にあるからだ。たったの一路というのは誤解を招く恐れがある。これまで中国では海のシルクロード構想など聞いたことがなかった。
少しひねくれて考えてみると、当然思い当たることがある。それは交易路としても、陸上にはもう限度がある。ただ海上になると陸と違って船を使わねばならず、これには経済上かなりの負担が必要となる。中国にとってそれが一番の問題だろう。
21世紀に入り、中国の政治経済事情から登場したのが「一帯一路」構想だが、初めはインド洋から中国に至る海上交易路を「真珠の首飾り」戦略などと呼んだらしい。南西太平洋からインド洋にかけてすっかり様変わりしたようである。