米国統治時代の再評価を
偏狭な「地方主義」に陥る知事
ジャーナリスト 惠 隆之介氏に聞く
北朝鮮の核・ミサイルの脅威が地域の安全保障を脅かしている。こうした中、在沖米軍の撤退や沖縄の独立を支持する翁長雄志知事の言動が保守派の間で問題視されている。元自衛官でジャーナリストの惠隆之介氏に米国統治時代の沖縄、翁長県政の評価、沖縄振興策のあり方などについて聞いた。(聞き手・豊田 剛)
基地と振興策はリンク
――沖縄県が日本に復帰して45年が過ぎたが、米国統治時代をどのように評価するか。
「琉球王国は独立国家だった。廃藩置県以降、沖縄戦、戦後の米国統治は被支配と抑圧の連続だった」という人がいる。実際はまったく逆だ。沖縄県民は二つの点で米国統治時代を正しく理解していない。
一つは、大学の卒業研究で私は国内全般の疾病データーを比較分析したことがある。その際、沖縄の感染症発症率、遺伝子異常の数が異常値を示していることを発見した。琉球王国以降の悪習と民度が原因と分析できた。我が国政府は県民啓蒙に努めたが、県民の意識がブレーキをかけてなかなか進展しなかった。沖縄戦以降、米国は圧倒的国力と科学技術で沖縄の近代化を進めた。その結果、沖縄は教育、福祉、医療面で長足の進歩を遂げた。このことを素直に認める必要がある。
二つ目は女性の解放である。沖縄の女性の勤労意欲とポテンシャルに着目した米国は日本本土より7カ月早く参政権を付与した。沖縄は戦前、極端な男尊女卑社会で、金に困ると娘を遊郭に身売りした。米軍政府は同軍政府布告第16号(1947年3月1日)で人身売買を禁止している。
このように歴史の基準があべこべになっていて、何もかもが被害者意識で貫かれている。口を開けば「被害者」、そして「経済援助」を口にしながら自助努力をしようとしない。中央へ人材を送り出せないから地域社会全体がネガティブな姿勢になり、ひがみ根性になってしまう。
沖縄方言「しまくとぅば」運動もその典型的な例だ。それは明らかに日本語と根源は同一だ。奈良・平安時代の言葉を残しているが語彙(ごい)が極端に少ない。沖縄方言には数字も1から10までの単語しかない。従って昭和30年代、地元の小中学校では標準語励行運動をしていた。今では翁長知事を中心に「しまくとぅば」を話そうとキャンペーンをしている。まさしく時計の針を逆回転させている。過去に対する妄信・過信の典型が翁長県政。ここを正さない限り沖縄県が生活保護県から脱しきれない。
――翁長県政をどう評価するか。
翁長知事は偏狭なリージョナリズム(地方主義)に陥っている。翁長知事はよく「差別」という表現をするが、沖縄本島の人々が過去、奄美大島や宮古島などの離島に対して冷酷なほどの差別をしていた。
――中国との関係ではどうか。
沖縄では、王国時代、中国皇帝の冊封を受けたことから、現在でも保護してくれるのではないかという盲信がある。しかし現実はそう甘くはない、2012年7月20日、北京市内のイトーヨーカドーで沖縄観光物産展が催された。県は観光PRのためにエイサーを北京市街地で披露した。ところが、現地の住民から公安に、「うるさいから止めさせろ!」と通報があり、なんと公安の指示でこの日の催しはすべて中止となっている。
これまで、我が国政府は、沖縄を含め敵対してくる者には金をやって懐柔しようとしてきた。北朝鮮にも、きっと分かってくれると援助してきたものが、気が付くと核兵器に化けて日本を威嚇している。このままでいくと国民は「奴隷の平和」を味わうことになろう。
――渡邉哲也氏との共著『沖縄を本当に愛してくれるのなら県民にエサを与えないでください』(ビジネス社)はタイトルからしてインパクトが強いが。
若者を中心にとても評判がいい。マスコミは基地と沖縄振興策がリンクしていないと言っているが、大いに関係している。何よりも翁長知事の無感覚には驚く。「基地はいらないが金をくれ」という主張は非常識の権化。
本土の沖縄に対する見方は厳しくなりつつある。「翁長知事を選んだのはあなた方だろう、こんな人間しか選べないのか!」と言われれば返す言葉もない。
日本国民も政府も、沖縄に対して過度な哀れみを持っている。それを払拭すべきだ、厳しい言い方をすれば、沖縄振興策は一度、ストップすべきだ。これ以上沖縄を甘やかして、金を握らせてはいけない。他府県なみに次年度予算の各省への折衝も県知事自らにさせるべきだ。
沖縄は現在、第2の競争社会に突入している。廃藩置県後、外国から安価で良質な白糖が入ってきて沖縄基幹産業の黒糖製造業が吹っ飛んだ。またこれと前後して県外出身商人が怒濤のように沖縄に進出しメインストリートはすべて彼らの経営する商店で占められた。現在はホテル観光分野で同じ現象が起きつつある。
沖縄の若者は世界を見るべきだし、そういう人材にこそ県政を担って欲しい。
――沖縄戦の記憶を残す読谷村のチビチリガマが4人の未成年者によって荒らされる事件があった。
遺骨がある神聖なる場所を荒らすことは言語道断だ。この機会に、現行の平和教育が生む結果について考えるべきだ。沖縄の平和教育は反米・反日のイデオロギーが主眼である。その結果、御霊を敬い、遺骨を大切にするという気持ちさえも養うことができない。
本件は沖縄ばかりでなく全国的にも言える。先達が特攻隊で戦死されたことも、「かわいそう」で片付けている。そこに内包された勇気、愛国心、自己犠牲の価値をすべて消却しているのだ。
北朝鮮が一方的にミサイルを撃ち込んでくる可能性があるが、戦後米国に甘えてペットのようになった国民はパニックに陥るかもしれない。安全保障、沖縄問題は沖縄県民だけが考えるのではなく、日本全体で考える必要がある。国民の意識を変えないといけない。
=メモ= めぐみ・りゅうのすけ
沖縄県コザ市(現・沖縄市)出身。作家、ジャーナリスト。シンクタンク「沖縄・尖閣を守る実行委員会」代表。防衛大学校卒業後、海上自衛官に入隊。現在は軍事分野の評論を中心に活動。主な著書に「昭和天皇の艦長」、「海の武士道」(共に産経新聞出版)、「沖縄よ、甘えるな!」(ワック)など。











