海保第11管区、洋上の救急医療で実施訓練
はるか洋上を航行する船舶内で重傷者が発生したらどうするか。海上保安庁(以下、海保)の第11管区(那覇)はこのほど、救急病院の医師や看護師らを招き、洋上救急訓練を行った。海洋面積が広い沖縄では迅速な判断と関係機関とのスムーズな連携が必要になってくる。(沖縄支局・豊田 剛)
医師への引き継ぎ手順を確認、ヘリ機内で応急処置も
船舶や乗組員が外国籍であっても、洋上で救急患者が出た場合、海保の巡視船や航空機などで医師や看護師が現場に急行し、応急措置を施しながら病院まで救急搬送する。洋上救急制度は世界でも珍しく、これまで漁師や船員、クルーズ船の乗客ら、数多くの命を救ってきた。
この活動は1985年10月、公益社団法人日本水難救済会が始めた。2021年3月末までの35年間に944件の救助要請があり、約1000人の傷病者に医療活動が行われた。そのうち、約4分の1に当たる220件が第11管区海保の担当海域(沖縄県域)だった。
このたび、第11管区と水難共済会の沖縄支部である琉球水難救済会が共催で年に1度行う研修訓練を密着取材した。海保本部がある那覇と石垣島と宮古島の3カ所でローテーション開催されている同訓練は今年、那覇空港内にある第11管区那覇基地が会場となった。洋上救急制度を担っている総合病院から約20人が参加した。
洋上から118番通報があると、担当オペレーターと患者の容体や船舶の位置と形状を確認し、緊急性を判断する。陸上の救急と同様に365日24時間の体制を取る。容体次第では医師や看護師が海保のヘリに乗り込んで洋上に向かう。
洋上救急に携わる医師や看護師は数日にわたって慣れない巡視船に乗り組み、厳しい自然条件による揺れやヘリコプターの騒音など悪条件の中で医療行為を行うことになる。
彼(彼女)らは中型ヘリコプターに乗り込み、狭い機内でマネキンを使い、患者の容態を確認しながら応急処置をシミュレーションした。
海上保安官は「ヘリのプロペラが頭に当たると危険。尾翼にも気を付けながら頭を低くかがんで搭乗するように」と注意喚起。エンジンがかかった状態でのヘリ機内でのコミュニケーションの取り方についても入念に確認した。
洋上救急は時間と燃料との戦い、患者の死に直面も
洋上救急による職員の事故事件はこれまで発生していないが、患者の死に直面するケースもある。昨年9月20日、液化天然ガス(LNG)を輸送するタンカーから乗組員に心疾患の疑いがあると通報があったが、病院に搬送されるとまもなく亡くなった。
タンカーは北大東島西側の沖合を航行していたが午前4時半ごろ通報を受けた。患者の容態や洋上救急実施の是非、位置情報などを確認した上で、那覇基地を午前9時に出発し、機動救命士2人がハーネス(安全帯)を使って船舶に降下。患者と接触してすぐにハーネスを装着してヘリに引き上げた。燃料補給目的で北大東島を経由し、そこで2人の医師と合流。固定翼機に乗り換え、那覇に向かった。
那覇基地に到着したのは午後1時15分。すぐに消防署救援隊へ引き継いだものの、病院到着後すぐに息を引き取った。通報から約9時間後のことだった。
直近の洋上救急は11月5日だ。午前9時ごろ、インドネシアを出発し中国に向かい石垣島南東沖を航行中の韓国船籍貨物船から「乗組員の1人が痙攣(けいれん)をおこし意識不明のため、救助を依頼したい」と要請があった。第11管区は、県立八重山病院の医師1人と海上保安庁の機動救難士2人を乗せ、石垣航空基地所属のヘリコプターを出動させた。
通報から2時間後、石垣空港から南東方向151㌔付近の海上で貨物船を見つけ、インドネシア国籍の患者を吊(つ)り上げて救助。その後、石垣空港まで搬送し、午後5時ごろ、救急車に引き継いだ。このケースでも、通報から総合病院への引き継ぎまで約7時間かかった。
島嶼県の沖縄は西は与那国島から東は大東諸島まで約1000㌔、南北400㌔と広大な海域面積を持つ。保安官の1人は、国境に近い遠洋で急患が出た場合は、ヘリコプター搭載型の大型巡視艇を給油のための中継基地として配備することもあると説明。「時間との戦いでもあり、燃料との戦いでもある」と話した。
海保が保有する救難・救急器材についても詳しい説明があった。浦添総合病院の医師の男性は、「海保に、救急処置に必要な器材が十分にあることを確認できた。病院側としては即座に身軽に出動できるから助かる」とし、「今後も連携をしっかりとって救える命は1人でも多く救いたい」と話した。