渋谷区同性カップル条例の衝撃 懸念される男女の結婚の形骸化

世日クラブ講演要旨

麗澤大学教授 八木秀次氏

 麗澤大学教授の八木秀次氏はこのほど、世界日報の読者でつくる「世日クラブ」(会長=近藤讓良・近藤プランニングス代表取締役)で「渋谷区同性カップル条例の衝撃」と題し講演を行った。その中で八木氏は、東京都渋谷区議会が先月末、同性カップルを「結婚に相当する関係」と認めるパートナーシップ証明書の発行などを盛り込んだ条例を成立させたことについて、男女の結婚が形骸化するなどと警鐘を鳴らした。以下はその要旨。

憲法24条に抵触も/婚姻は両性の合意でのみ成立

ゲリラ的手法で成立/区議にも知らせず封印

400 なぜ、このような条例を作ろうとしたのか、区側の説明が全く理解できない。説明によると、同性カップルがアパートに入居する際、家族でないとして入居を断られる例があり、病院の面会でも家族でないと面会を断られることがある。そういったケースを解消するために、同性カップルが「結婚に相当する関係」であることを区役所が正式に証明する文書を発行する。証明書を出すことで、アパートへの入居や、病院での面会ができるようになるという説明だった。

 区側の説明のおかしさは、アパートの入居や病院の面会といった問題を解決するだけなら、家族以外にも対象を広げるだけで十分に対応できる。個別具体的な問題の解決ができるものを、一般原則の変更という大きな問題に仕立て上げようとしていることだ。

 この条例について、多くの人は同性カップルの人たちを対象としたもので、自分たちには関係がないと思っている。しかし、その捉え方は違う。条例は、同性カップルの人たちだけの問題ではなく、渋谷区の区民や事業者など全てを対象としている。

 区民とは何かと言うと、最近の定義では、渋谷区の学校に通学する者、渋谷区にある事業所に勤める人なども全部入ってくる。同性愛の人だけの問題ではない。

 統一地方選が行われたが、国政選挙に比べて地方選挙の投票率があまりに低い。そのため、組織票を持った団体や政党が有利になる。この条例を採決した時の渋谷区議会の構成も総勢32人のうち、自民党が8人、共産党が6人、公明党が5人だ。支持政党がどこかという世論調査があるが、日本の全人口、あるいは渋谷区の人口の構成から見ても、その数字が議席に反映されているとは言えない。

 自民党は党本部で、これは国民全体の家族観、結婚観に関わる問題だから慎重であるべきだという指示を出し、区議会の自民党の人たちも慎重な対応をした。しかし、党本部がいくら言ってもこのような地方議会の構成では簡単に通ってしまう。渋谷区だけでなく、皆さんが住んでいる自治体でも、この種の条例が作られる可能性は十分ある。

 次に主要な論点を挙げていきたい。一つは憲法に抵触する可能性が大きいということだ。憲法24条は「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し」と規定している。両性とは、男性と女性のことだ。この組み合わせが婚姻、すなわち法律上の結婚だと言っている。これに対して渋谷区は、パートナーシップ証明について、法律上の結婚そのものではなく、「結婚に相当する関係」だと言っている。つまり結婚そのものではないけども、それに準ずる関係だと言うのだ。

 準ずる関係だとしても、憲法は「両性」とはっきり言っているのだから、準ずる関係を作るかどうかについても、やはり憲法論議が必要なことだ。学者の中には、同性同士の結婚は憲法も禁止していない、民法もそれを認めていると言う人もいる。しかし、そういう意見は少数派の考え方でしかない。

 一般的な考え方として、この分野で今、一番活躍中の民法学者である東大法学部の大村敦志教授の著書『家族法(第3版)』では「民法は、婚姻の当事者は性別を異にすることを前提にしている。同性では、子どもが生まれないので、同性のカップルの共同生活は婚姻とはいえないということだろう。民法典の起草者は書くまでもない当然のことと考えていたので、明文の規定は置かれていない。しかし、あえていえば憲法24条の『両性の合意』という表現、あるいは民法731条の『男は……、女は……』という表現や民法750条以下の『夫婦』という文言に、このことは示されているといえる」と明確に書いている。

 結婚は、次の世代を産み育てる人的な関係だからこそ、子供の福祉を考えて特別に保護している。しかし、同性カップルの間には、当然のことながら子供は生まれない。

 同性カップルの困った面は救済すべきだが、「結婚に相当する関係」だとするのは、踏み込み過ぎではないか。そこには男女の関係である結婚というものを形骸化させようとする意図があるのではないか。

 そうなった場合、結果として結婚は形骸化するだろう。男女の関係と、同性の関係が価値としてほぼ等しいとなった時、結婚を、今後、多くの人が望むだろうか。

 また憲法94条の規定は、条例は「法律の範囲内」で制定しなければならないとしている。同性カップルの関係を結婚に相当する関係と認める法律はない。にもかかわらず、条例を作ってよいと理解するには、自治体の憲法だとする「自治基本条例」の理論が関わってくる。つまり渋谷区の同性カップルの人たちを救済するという完結したものであるから、国は関係なく、渋谷区だけで条例を作ってもよいという論理だ。

 しかし、この論理は自治権についての一般的な考え方を完全に逆転させており、論理として成り立っていない。それ故に力業で作ってしまった。自治基本条例も今、全国で300ぐらいの自治体で作られている。渋谷区にとどまらずに広がっていけば、国としても放っておけなくなるだろう。現に、民主党、社民党、共産党などを中心にして、国会議員がこの問題について議連をつくり、実現のための検討をしている。

 次に、手法が非民主的だった問題がある。2月にマスコミに発表されるまで区議会議員も条例のことを知らされていなかった。条例案の中身もなかなか知ることができず、慎重な議論が必要にもかかわらず、3月議会で成立を目指すゲリラ的な手法だと言わざるを得ない。

 昨年の7月あたりから、区役所の中に有識者の検討会を設置して9回会議を開いている。だが中身は、推進派の人達だけが呼ばれていて、慎重派の人たちの意見は全く聞かれてない。

 また検討会の議事要旨を見て、私が気になったのは諸橋泰樹フェリス女学院大学教授が、事務局アドバイザーという資格で入っていることだ。この人は、全国のいろいろな自治体で男女共同参画のアドバイザーをしており、渋谷区でもこの数年間そういう仕事をしていた。検討会は、事務局主導で諸橋氏あたりが主導する形で進められたのではないか。

 この条例は、男女共同参画の一環として進められていて、ジェンダーフリーの進化系、あるいはもともとジェンダーフリーというのは、こういう内容を目指していたという内容になっている。警戒が必要だ。

 最後に、個別条文の検討をしていくと、今後、渋谷区内の小中学校などでは、異性愛、同性愛、両性愛、無性愛を価値として同列として理解しなければならないという内容になっている。ここに意識改造、思想改造、思想統制の危険性がある。区民や事業者の意識をすっかり変えなさいという内容となっており、信教の自由などにも関わる問題が生じる可能性がある。

 昭和37年、広島県生まれ。早稲田大学法学部卒業、同大学院政治学研究科博士後期課程中退。平成14年、正論新風賞受賞。慶應義塾大学講師、高崎経済大学教授などを歴任。現在麗澤大学教授、日本教育再生機構理事長、フジテレビジョン番組審議委員、教育再生実行会議委員、法制審議会民法(相続関係)部会委員など。著書に、『憲法改正がなぜ必要か』『「人権派弁護士」の常識の非常識』『公教育再生』『日本国憲法とは何か』ほか多数。