留学に際して、語学以上に重要な人格の成長

「次世代リーダー育成道場」のフォーラムで手嶋龍一氏講演

 昨年12月18日、東京都教職員研修センターで海外留学支援事業「次世代リーダー育成道場」のフォーラム・成果報告会が行われた。外交ジャーナリスト・作家の手嶋龍一氏が「君たちの未来は世界と共に まだ見ぬ友を探して」と題する基調講演を行い研修生や父母、教育関係者ら300人余が耳を傾けた。(太田和宏)

珠玉の情報を交換できる友達づくりを

“命のビザ”の杉原千畝氏らの人間性を紹介

留学に際して、語学以上に重要な人格の成長

留学生の席に近寄り、語り掛ける手嶋龍一氏

 手嶋氏はリーダーとして決断を下す時に重要なことは、雑多な情報(インフォメーション)の中から珠玉の情報(インテリジェンス)をやり取りできる友人を作ること、などNHKのワシントン特派員時代に経験したことを示しながら講演を進めた。

 1987年10月19日、ニューヨーク証券取引所で前触れもなく株価が暴落、ブラックマンデーが起きた。ニューヨーク証券取引所のダウ30種平均の終値が、前週末より508㌦も下がり、下落率22・6%となった。株価が心肺停止前の心電図のように暴落し、ニューヨーク証券取引所は取引を停止してしまった。

 だが、シカゴの先物取引所は停止しなかった。何故なのか、経済の専門家や先輩の経済担当記者に聞いても、分からなかった問題が、十数年後、ラムズフェルド国防長官の紹介してくれたレオ・メラルド氏によって解決した。

 レオ・メラルド氏は6000人と言われる「杉原サバイバー」の一人。彼が先物取引所を閉じなかった理由は「杉原千畝氏の“命のビザ”によって助けられ、アメリカで発言・言論・取引の自由が命よりも尊いことを学んだからだ」と語ったという。

 レオ・メラルド氏は8歳の時、両親に連れられ、リトアニアから、ナチスドイツのユダヤ人虐殺、スターリンの強制連行・虐殺という二つの全体主義国家をかい潜って、モスクワからシベリア鉄道でウラジオストク、鹿島丸(10,513トン)で敦賀に渡り、横浜から船でシアトル、自由の国アメリカに渡った。第2次世界大戦の直前で、千載一遇のチャンスだった。

 杉原氏はリトアニアの最末端の大使館職員だった。ナチスドイツの虐殺から逃れようとするユダヤ人を救うため、外務省からの「これ以上ビザ(通過査証)を発給するな」という訓令に反して、手が腱鞘炎になるまで大量のビザを発給、およそ6千人に上る難民を救ったことで知られている。

 杉原氏の凄(すご)さはそれだけに留まらない。スウェーデンの公使館附武官小野寺信陸軍少将の下で活動していた杉原氏はスターリン、ルーズベルト、チャーチルが集まったヤルタ会談の裏に隠された情報を確保していた。当時、日本と不可侵条約を結んでいたソ連がドイツ降伏後3カ月したら、満州・千島に侵攻するという密約。早期終結を願ったルーズベルトがスターリンを戦争に引き込んだ。当時としては最高の国家機密が、杉原氏の作り上げたユダヤ人によるネットワークによってもたらされた。小野寺少将は東京に打電したが、中立国で不可侵条約を結んでいるソ連を仲介に戦争終結を狙っていた軍中枢部が情報を握り潰(つぶ)した。

 手嶋氏は「杉原氏が尊敬されるのは、流暢(りゅうちょう)なロシア語を話していたからだけではなく、日本人として立派な人だったからだ。彼は、著作をほとんど残してないが、簡潔にして要な報告書を作成していた」と言われる。「日本人としてのアイデンティティー、教養、バックボーンを持っているか、その点に外国の人は関心を持っている」と留学生たちにエールを送った。

 米大統領選で元国務長官のヒラリー・クリントン氏が敗北した。米国で志のある学生は将来の希望として、大統領と同じくらい、法律家になりたい、という学生が多いという。

 1981年に女性として初めて合衆国最高裁判所の判事となったサンドラ・デイ・オコナー氏。最高裁長官という仕事は、「今のアメリカが抱えている課題は何か」「新たな判断を示して、アメリカの新境地を切り開いていく」ことにある。

 もう一人、小さな巨人と言われるニューヨーク南部地区担当の連邦首席検事だったメアリー・ジョー・ホワイト氏。1993年ワールド・トレード・センターの爆破事件でアルカイダの犯行を明らかにして、ウサマビンラディンを起訴した人物。アメリカにとってどれほど、危険な組織か、明らかにして、9・11を予告した人物。

 手嶋氏は「ガラスの天井を破ると豪語していたクリントン氏だが、すでに賞味期限が切れて、その自覚が無かったのではないか。女性初を売り物にした選挙戦は間違っていたのでは……」と分析する。

 留学に際して、明日の「杉原千畝氏」「レオ・メラルド氏」「サンドラ・デイ・オコナー氏」「メアリー・ジョー・ホワイト氏」と一緒に学ぶ機会があるかもしれない。大きなチャンスを生かしてほしい、と締め括った。


留学控えた研修生が事前研修の成果発表

日本の伝統文化などテーマに

留学に際して、語学以上に重要な人格の成長

日本の伝統芸能の研究発表で和太鼓をたたく女子生徒

 都立高校生等を対象にした海外留学支援事業「次世代リーダー育成道場」は平成24年の開設以来、1期生から3期生まで530人が卒業、学業に専念したり、ボランティア活動など自分の力を発揮できる分野で意欲的に活躍している。第4期生198人については、Aコース100人が国内研修の後、昨年の1月から11月までオーストラリアに約1年間留学、Bコース98人が1年の国内研修ののち、昨年8月から米国・アリゾナ州・ミシガン州に約1年間留学している。

 「大きな環境の変化に戸惑いながらも国内研修で培った実践的な英語力、さまざまな分野で活躍しているトップリーダーの講義や伝統文化の体験学習を留学先で生かし、研究課題をこなしている」と東京都教職員研修センターの増渕達夫研修部長が激励のことばを述べた。

 研修生の代表が、事前研修で取り組んできたゼミナール研究の概要、課題設定の理由やこれまでの研究、留学先で継続する研究の方法と課題解決の展望について発表した。また、英語学習、日本の伝統・文化などの学習の成果も発表した。

 ニュージーランドに今月から留学予定の女子生徒は「異文化の理解、文化の違いと受け入れ方を考える」をテーマに国連難民高等弁務官の緒方貞子さんの「外国の人を『異人』と考えるのではなく、『偉人』と考えるべきだ」との言葉に感銘を受け、「自分とは違う国家・文化・宗教・考え方を尊重すべきだ」と思い、「多民族国家のニュージーランドで異文化を知りたい。日本の文化を伝えたい」と研究テーマの設定について語った。

 都立高校の男子生徒は、日本とニュージーランドの少子高齢化の問題について比較検討、課題克服の道筋を研究テーマにした。また、他の女子生徒はイベントを通じて、日本の伝統文化を世界に広めるために何ができるかをテーマに研究していることを発表した。

 そのほか、和食を通して見る世界の食文化について研究しているオーストラリア留学予定の女子生徒は、消えていく伝統食を守るのに、という点に注目した。そのほか、演劇と教育の交わり、人と人とのつながりについて研究発表した生徒もいた。

 また、5人のグループによる、何を学び、体験したのか、日本の伝統芸能の講習などについて発表があった。