「漆芸の未来を拓く」全国から若手の作品を展示


石川県輪島漆芸美術館で、修了生に卒業制作の意図を聞く

 石川県輪島漆芸美術館(輪島市)で、全国各地の大学や大学院で漆芸を学び、今年3月に卒業、修了した若手の作品展「生新の時2021―漆芸の未来を拓く―」が開かれた。今回の出展校は金沢美術工芸大学、金沢学院大学、富山大学、東京藝術大学、京都市立芸術大学、東北芸術工科大学、広島市立大学、沖縄県立芸術大学の8大学で、全30点が出品された。ここでは現在、金沢市の卯辰山工芸工房で制作活動を続けている2人の修了生に、卒業作品の制作意図などを聞いた。(日下一彦)


野田怜眞さん、巨大なギンヤンマに込めた宗教的幸福感

「漆芸の未来を拓く」全国から若手の作品を展示

巨大なギンヤンマを制作した野田怜眞さん=石川県輪島市の県輪島漆芸美術館(日下一彦撮影)

 東京藝術大学の大学院美術研究科を修了した野田怜眞さんの「forme」は、大人の背丈を上回る巨大なギンヤンマ(高さ250㌢、幅250㌢、奥行き60㌢)を制作した。アルミ板を切った翅(はね)や複眼などに乾漆(かんしつ)、螺鈿(らでん)、蒔絵(まきえ)の技法を駆使し、翅は一枚一枚レーザーカッターで切り、透かし彫りの技法を施した。羽を広げた時にどこに重心がかかってくるか、その微妙なバランスにも苦心したという。昆虫をモチーフに制作することが多いという野田さんは、「昆虫が進化する歴史の中で、作り上げてきた機能や造形美を伝えたい」と説明し、等身大で制作する意図については、「鑑賞者にしっかりと対峙(たいじ)してもらいたいから」とのことだ。

 制作のきっかけになっているのが、学部生の時にミャンマーやタイへ出掛けた体験だった。煌(きら)びやかな仏像の前で、たくさんの人々がお祈りする姿を見て、「祈ることで、自分の気持ちをポジティブに向かわせているように感じ、美術作品もそうであったらいい」と思ったという。だからこそ翅を広げた姿は、仏像の光背(こうはい)のようにも見える。「宗教的な幸福感を感じてもらえたら」とも語る。

モノクロの世界で自由なイメージを展開、杉本小百合さん

「漆芸の未来を拓く」全国から若手の作品を展示

20メートル四方の12枚のパネルで、人体をイメージした杉本小百合さんの作品=石川県輪島市の県輪島漆芸美術館(日下一彦撮影)

 一方、金沢美術工芸大学大学院を修了した杉本小百合さんは、「じょうぶな頭とかしこい体」をテーマに、人体をモチーフに制作している。20㌢四方の12枚のパネル(各高さ20㌢、幅20㌢、厚さ0・9㍉)に、一枚一枚銀粉による研出蒔絵を施した。

 「金粉の煌びやかさよりも、水墨画のようなモノクロの世界に引かれました」と杉本さん。さらに、「奥行きやぼかし、グラデーションなどで自己表現している作家が少ない」ことも制作意欲をかき立てた。作品を見ていくと、そこにはシナプスのような構造が描かれていたり、黒いひまわりを重ね合わせたようだったりと、杉本さんの自由なイメージが展開している。

 作業工程では漆を塗り、その上に銀粉を撒(ま)いている。銀粉も荒いもの、細かいものをそれぞれ使い分けて濃淡を付けた。1枚当たり、下絵から半月ぐらいかけて制作。「モノクロの世界をどこまで極めることができるか、自分への挑戦だった」と振り返っている。コロナ禍の中、研究室や実験室に入ることが制限され、自宅で制作に当たる期間が続き、やむなくパネルでの制作になった経緯もある。

 「銀粉は時間の経過とともに変色していくので、銀食器のように磨いて愛(め)でていく工程もあっても良いのではないか。その変化や向き合い方も面白いかなと考えてやってみました」。いずれも若い作家たちの従来の枠を超えた作品だ。なお、展覧会は2008年から毎年開かれていたが、昨年は新型コロナの影響で中止となっていた。今回は今月4日に終了している。