サイバー戦への備え

竹中構想に米の影指摘も

髙橋 利行

 たかはし・としゆき 昭和18年生まれ。中央大学法学部卒。読売新聞政治部、解説部長、論説委員、編集局次長、新聞監査委員長を歴任。退社後、政治評論家。

 「あなた、会社の帰りにスーパーに寄って葱(ねぎ)を買って来て。今夜は、あなたが好きなすき焼きよ」などと奥さまに頼まれた覚えはありませんか。女性が働きに出るようになった今時は夫も家事や育児を分担するのが当たり前になっている。葱ならば、他人さまに聞かれたとしても微(ほほ)笑ましいで済む。だが、それが国家機密や防衛に関わる話だったら由々しき事態になる。スキャンダルを何よりも懼(おそ)れる政治家には秘め事が洩(も)れてもダメージになる。

 世界最大の通信機器メーカー「ファーウェイ」が扱っている膨大な情報を中国政府に流しているのではないかと疑われた事件は、アメリカと中国との間で熾烈(しれつ)になってきた「米中冷戦」の一端を端なくも浮き彫りにした。携帯電話やスマートフォン、パーソナルコンピューターを使う通信は、世界中を駆け回りながら瞬時に相手に届く。すぐ隣に届く電波も、実は地球を廻(まわ)り廻って届くこともあるという。

 その中継基地では世界が垂涎(すいぜん)の思いで欲しがる極秘情報が通っていく。それが、特定の国家に提供されたのでは堪(たま)らない。宰相・安倍晋三の祖父・岸信介が創立した公益財団法人・協和協会(岸信夫会長代行)は10年も前から携帯電話やパソコンだけでなくテレビなどの電気製品からも中国やロシアに情報が洩れていると警鐘を鳴らしてきた。その懸念が現実となったのである。

 社会学者・エズラ・ボーゲルが「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を著わした1980年代、アメリカはなりふり構わず日本の高度成長の秘密を探りに探っている。駐日アメリカ大使の夫人が日本の政治記者でさえろくに接触しない自民党職員まで朝食に招き秘訣(ひけつ)を聞き出そうとした。目的のためには手段を選ばないと背筋が凍る思いがしたものである。

 ロッキード事件で失脚した田中角栄(元宰相)は中国に近づき過ぎたことで「アメリカの虎の尾を踏んだ」と言われている。経済摩擦が激化した頃、日本側の出方がアメリカに筒抜けになったこともある。同盟国であろうと国益のためなら容赦しない。世界は今「使えない兵器」と化した核兵器ではなく電子兵器を駆使した「宇宙戦争」「サイバー戦争」の坩堝(るつぼ)の中にいる。電波を受発信する他国の人工衛星を撃墜する動きも伝えられる。

 宰相はスイスで開かれた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、個人や企業のデータ流通の国際ルールづくりを提案した。野放図な情報収集、流通に一定の制約を課そうという狙いである。狙いはむろん中国である。だが、背後にアメリカによる隠された思惑があると囁(ささや)かれている。新自由主義の旗頭である竹中平蔵(元総務大臣)が、宰相に、この構想を進言していたからである。

 竹中平蔵は、ビッグデータを開放、AI(人工知能)などを駆使して分析した方が情報流出によるデメリットよりも経済発展に資するという持論の持ち主である。具体化を考える「スーパーシティ構想」の座長でもある。あらかじめ居住者の同意を取り付けた「実験都市」を建設し、利害得失を実証的に研究しようと主張している。将来、宰相になると呼び声が高い小泉進次郎も賛同しているという。

 竹中平蔵は、かつて、時の宰相・小泉純一郎を突き上げ、郵政民営化を断行、日本政治を牛耳っていた田中派の資金源を断ち壊滅させた。そこにはアメリカの影が透けて見えた。

 今、長年の同志であろうが、側近であろうが、気に食わない者のクビを次々と挿(す)げ替え、同盟国をも袖にするドナルド・トランプ(アメリカ大統領)は、戦後最強となりつつある安倍晋三を頼もしいパートナーと思う半面、より従順なリーダーを望んでいると穿(うが)った見方もある。中国を「標的」と決め付けるのは単純に過ぎる。(敬称略)

(政治評論家)