共産・強権独裁国家も、遺骨にもっと敬意を

山田 寛

 朝鮮戦争休戦から65年、約55柱の戦死米兵の遺骨が北朝鮮から米国に返還され、トランプ米大統領は「家族たちにとり素晴らしい瞬間。金正恩氏よ、ありがとう」と大喜びした。  戦死・行方不明米兵に懸ける米国の家族、国民の思いは、確かにとても強い。トランプ氏が、米朝会談でとにかく1本ヒットを打てたと喜ぶのも分かる。

 米アーリントンや仏ノルマンディーの米軍人墓地は、私が訪れた数々の墓地の中でも最も整然と手入れされ、死者が大事にされている雰囲気に満ちていた。

 ワシントンのベトナム戦争戦没者慰霊碑の兵士氏名の前にも、供花が絶えない。同戦争終了後約20年経(た)っても、米国内には、自宅門前に「息子出征して今日で何日」というボードを出すなど、待ち続ける“岸壁の母”たちがいた。

 アジアの共産主義や強権独裁国家の方は、遺骨をひどく扱い、政治・経済利用し取引に用いている。今回の55柱も、北朝鮮当局が収集済みという約200柱の一部で、分割返還である。信頼醸成を強調しながら、非核化を先延ばす目くらましの取引カードにしたいようだ。できたら遺骨発掘・収集作業費支払いの形で、北朝鮮経済制裁の本丸に穴を開けたいとも考えているのだろう。

 何しろ、07年まで断続的に行われた以前の返還で、米側は1柱6万㌦以上も支払った。意図的でないにせよ、遺骨には時にイヌの骨も混ざっていたという。

 意図的だったのは、もちろん拉致被害者の横田めぐみさん、松木薫さんの偽遺骨の提出である。

 北は12年、第2次大戦終戦前後に朝鮮半島北部で死んだ日本人(約2万5000人)の遺骨問題に急に熱意を示し、遺族墓参団も受け入れた。狙いは明白で拉致問題からの焦点外しだが、こちらは1柱約120万円の経費請求を腹算用していたようだ。

 先月平壌で、北朝鮮機関と韓国の親北団体が、「強制徴用工の遺骨を日本から返還させるための南北協力」の合意文書に署名したが、これも南北融和・反日機運推進の遺骨政治利用に違いない。

 中国では、昨年7月亡くなったノーベル平和賞受賞者、劉暁波氏の遺骨が火葬され、すぐ海に散骨された。家族の意向に全く反して、強制的に海の闇に葬り去ったとみられる。

 一方で、南京虐殺記念館の万人坑展示のように、体制に有用な遺骨は、半永久的に地面に散らばらせ展示し続ける。

 カンボジアのポル・ポト暗黒革命政権の監獄跡の虐殺博物館では、同政権崩壊後の内戦時代から長年にわたり、犠牲者の頭蓋骨を国土の形に積み上げた悪趣味などくろ地図を、政治的PRの目玉にしていた。

 ソ連(ロシア)のレーニン、ベトナムのホーチミン、中国の毛沢東、北朝鮮の金日成、金正日の父子といった指導者の遺体は、永久保存処置を施されている。北朝鮮では金日成主席の蝋(ろう)人形にまで拝礼を求められた。

 だが、彼ら建党・建国の父の遺体も含めて、みな政治利用されていると言えよう。

 戦没者遺骨収集に関しては、日本も威張れない。

 毎年3万柱もの第2次大戦戦没者遺骨が収集されているドイツと比べても、ペースが遅い。海外戦没者約240万人。110万柱以上が未帰還だ。

 だが、あくまで北朝鮮や中国その他の姿勢は非人間的過ぎる。中国では墓泥棒の話も多い。近年、大戦で東南アジア近海に沈没した日、英、オーストラリアなどの船を、中国のクレーン船が無断で解体し引き揚げ、運び去る事態が続き、「死者への敬意を欠く」と批判の声が出ていると報じられた。

 死者に敬意を払わない国=生者にも敬意を払わない国だろう。

(元嘉悦大学教授)