平和は勝ち取るもの

濱口和久

 ノーベル文学賞を受賞した作家・大江健三郎氏が、かつて将来の幹部自衛官になる防衛大学校の学生を「現代青年の恥辱である」と評したことがあった。

 どちらが恥辱かは歴史が判定すると思うが、日米同盟と自衛隊のもとで現在の我が国の自由と繁栄があり、大江氏もその恩恵に浴して生活し、執筆活動を続けてきたはずである。

 残念ながら、大江氏のその後の言動からも防大生侮辱発言を反省している素振りは見えない。

 それどころか「九条の会」の中心的な存在として、現在も反自衛隊と空想的戦争放棄を主張している。

 一方、「平和は訪れるものではない、自ら勝ち取るものである」という言葉を残したのは、広島に原爆が投下された昭和20(1945)年8月6日、空襲によって愛媛の実家と母親を失った若き建築家丹下健三氏であった。

 彼は戦後、広島平和公園や平和記念資料館の施設を設計した。このような悲惨な状況をなんとしても避けるためには平和は念願するものではなく、勝ち取らなければならないということを強く訴えるために、平和記念資料館から原爆慰霊碑、平和の塔と原爆ドームを一直線で見通せるように設計したという。

 丹下氏のこの想いがどれだけの日本人に認識されているだろうか。

 丹下氏の言葉をそのまま体現しているのが、スイスかもしれない。

 スイスは武装中立と国民皆兵制(徴兵制)を国防の基本に据えている。

 ところが近年、「他国から現実の脅威にさらされているわけではなく金の無駄遣いだ」として、男性への徴兵制の廃止を求める声が一部の国民から出てきたため、今年9月22日、徴兵制を廃止すべきかどうかを問う国民投票が実施された。

 結果は徴兵制廃止反対が多数を占めた。

 今回の国民投票でも、スイス国民は徴兵制の維持を選択したのである。

 大江氏はこの結果をどう見ただろうか。

 大江氏のコメントを聞いてみたいものだ。