米中貿易戦争を「トゥキディデスの罠」になぞらえ警鐘鳴らすエコノミスト
◆米中の緊張が高まる
米国と中国の間で軍事的経済的緊張が高まっている。もちろん今すぐに戦争に突入するような状況にはなっていないが、その度合いは高まることはあっても、低下する気配はない。例えば、米国政府は今年4月に中国の通信機器大手・中興通訊との取引禁止をした。また、貿易摩擦をめぐって米国と中国の初の公式交渉が5月3、4日の2日間にわたって北京で行われた。
その際に2020年までに対中貿易赤字を2000億ドル(約22兆円)削減を要求、その上で米国を上回る関税率の製品をなくすように求めた。さらに中国政府主導による官製企業への巨額の補助金政策を中止するように要求したという。
一方、中国は25年までに製造業において先進国の仲間入りを果たすため「中国製造2025」を進め、巨額の補助金を与えてベンチャー企業を育てているのだが、「中国製造2025」とは15年に中国政府が発表した今後10年間の製造業発展のロードマップ。中国政府としては国の方針を変えてまで米国の要求を絶対に受け入れられないと反発している。
こうした米中関係などに対して週刊エコノミストは5月26日号で、「米中危機」をテーマに特集を組んだ。同誌はまず、中国が現在進めている経済構想「一帯一路」について、「中国は(加盟国に対して)『協力』を謳っているが実は中国国有企業の『ひも付き』案件である。政府が市場をコントロールする『国家資本主義』まで輸出しようとしているのだ」と断言。米国が利上げを実施し新興国からの資本流出が進み債務不履行にでも陥れば、中国はそのすきを狙って資本を流入させ影響力を行使する。まさに米国が主導する「自由資本主義」と中国の「国家資本主義」の対立が顕(あら)わになり、それが引き金になって米中の報復関税が発動する。「米中両国が協調と自制を失い、己の野望とプライドをかけて走り続ける限り、世界は危機に向かって進むことになる」と警鐘を鳴らす。
◆新旧対立が戦争誘発
今回の特集で興味深いのはバーバード大学のグレアム・アリソン教授へのインタビューである。同教授は「トゥキディデスの罠(わな)」という言葉の名付け親。紀元前5世紀、古代ギリシャの覇権国だったスパルタと新興勢力アテネとの緊張関係を観察した歴史家トゥキディデスが、アテネの台頭に対するスパルタの恐怖心が「ペロポネソス戦争」を引き起こしたと結論付けたわけだが、同教授は新旧2国間の緊張が戦争の要因になるとし、過去500年間で起こった16回にわたる覇権勢力と新興勢力の緊張関係を分析。それによれば、16回のうち12回は戦争に突入していることを明らかにした。インタビューの中でアリソン教授は、「米中間で起こっていることは貿易摩擦のレベルにとどまる話ではない。何十年もかけて新興国が覇権国に挑戦しているという構造がその本質であり、本筋だ」と説明する。
また、同誌は米国主導の市場経済と中国(共産党主導)の統制経済の対立という側面から三尾幸吉郎・ニッセイ基礎研究所上席研究員の論文「揺らぐ米国主導の自由資本主義 『国家資本主義』輸出する中国」を掲載。「民主的な制度で国家指導者を選び三権分立で国家権力の乱用を防ぐ『自由民主主義』がある一方で、中国共産党による国家の指導を正当化する『マルクス・レーニン主義』(人民民主主義)がある。両者の間には政治理念の上で大きな隔たりがある」(同研究員)とした上で、「中国が情報技術(IT)で米国のレベルに追いつけば、軍事力で米中の差は一気に縮まる。そこで台湾を巡る『一つの中国』の問題や人権侵害問題を巡りイデオロギーで米中が対立すれば、覇権争いは深刻化しかねない。最悪の事態は自由資本主義と国家資本主義陣営が世界を二分して対立を深めることになる」と力説する。
◆米朝より中国注視を
中国の対米貿易黒字は米国第一を唱えるトランプ大統領にとっては決して容認できるものではない。中国は今や南シナ海での軍事拠点化を進め、さらに東シナ海においてはわが国の領土である尖閣諸島周辺に軍艦を派遣するなど軍事的圧力を加えている。こうした動きに神経をとがらせているのは日本だけでなく米国もまたしかりなのである。
現在、東アジア情勢は朝鮮半島に目が向いているようである。トランプ大統領は5月24日、北朝鮮の非礼で高圧的な態度を理由に、6月12日予定の米朝首脳会談中止を発表した。慌てた北朝鮮が低姿勢に出るや否や、同大統領は即、12日の会談はあり得るかもしれないと可能性をにじませた。瀬戸際外交で駄々をこねる北朝鮮にしっかりと杭を打つなど、今のところ米国主導の交渉を感じさせる。
その一方で、韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩委員長が、5月26日に第2回目の首脳会談を開催した。まさに世間の関心は米朝会談に向いているようだ。もっとも、わが国日本がしっかりと目を向けておかなければならないのは、米朝首脳会談以上に中国の動向なのである。
(湯朝 肇)