TPP合意を米中パワーバランスの視点から分析したエコノミスト

◆好意的な世論の反応

 TPP(環太平洋経済連携協定)が10月5日に大筋合意に達した。政府は11月6日にその概要を公表し、続いて同月25日に「総合的なTPP関連政策大綱」を発表した。これまでTPPの是非に関しては、日本の国益をめぐってさまざまな意見があった。大筋合意後の世論の反応はおおむね好意的で、合意前のマスコミを中心にした反対騒動は何だったのか、という感さえ受ける。もっとも、合意から協定発効まで紆余(うよ)曲折も予想されることから予断を許さないのは間違いない。

 ところで、TPP大筋合意を受けて特集を組んだのが週刊エコノミスト(12月8日号)と週刊東洋経済(12月12日号)である。前者エコノミストの大見出しは「そうだったのか! TPP ビジネス・産業はこう変わる」。そして、後者の東洋経済は「TPPで激変する日本の食」。見出しだけを見れば両誌ともTPPで日本経済や国民生活が大きく変わるような印象を与えるが、実際のところTPPが発効してみなければ分からないというのが本音のようだ。

◆「イメージ先行」指摘

 例えば消費者にとってメリットとなる安価な輸入品が入ってくるという話について、東洋経済は「価格がすごく下がるイメージが先行しているが、そうではない。まとめて仕入れる場合、単価の引き下げにはそれほど効いてこない」(関東地盤の小売り大手)との消極的なコメントを載せ、さらに、「為替レート、原材料市況、その時々の需給など価格は多くの要素に左右される。関税は確かにそうしたファクターの一つに過ぎない。とくに食肉など流通の多い基幹商材は、経営への悪材料を懸念して流通業者も値下げを渋りがちだ」との結論を出す始末。

 今回、東洋経済はTPP発効について食品と農畜産業に焦点を当てた企画を組み、「TPPで史上最大の食農開放が始まる 日本の食激変を全解明!」と大きくサブ見出しを取ったが、その割には歯切れが悪い。そもそも日本の食文化は戦後大きく変わり欧米化が進んでおり、食糧自給率はカロリーベースで39%にとどまっている。すでに輸入物が大きなシェアを握っている状況でTPPが結ばれたからと言って食が激変するとは考えられないのである。

 もっとも、食品の輸入が加速するのは当然予測できることであり、食文化よりも「食の安全性」は懸念材料となる。「日本で認められていない添加物や、残留農薬が基準値を超えた食品が、検査をすり抜けて入ってくる可能性が大きくなる」(同誌)と指摘するのは至極当然であろう。

◆国際政治の視点必要

 一方、エコノミストの特集は主要な産業にわたってTPPの影響について言及した。同誌は同号の特集を保存版と位置付けTPPの背景、基本的な関税・投資ルール、TPP発効によるメリット・デメリットなどコンパクトにまとめている。

 その中で目を引いた記事が一つある。馬田啓一・杏林大学客員教授の「TPP合意に焦る中国 主導権をめぐる米との対立」という論文だ。この中で馬田氏は米国と中国の戦略について紹介した。すなわち、「米国は、将来的には中国を含めてTPPの参加国をAPEC(アジア太平洋経済協力機構)全体に広げる形でFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)を実現しようとしている。投資や競争政策、知的財産権、政府調達など経済紛争の絶えない中国に対して、TPPへの参加条件として政府が積極的に市場に介入する『国家資本主義』からの転換を迫るのが米国の描く最終的なシナリオだ」と指摘、さらに「韓国、台湾、タイ、フィリピン、インドネシアなどが参加の意思を表明している。APEC加盟国が次々とTPPに参加し、中国の孤立化が現実味を帯びるようになれば、中国は参加を決断するだろう」と分析する。

 その一方で、中国はTPPへの対抗策としてRCEP(東アジア地域包括的経済連携)の構築と「一帯一路(中国版シルクロード)」構想の実現を挙げる。とくに、「一帯一路構想は中国にとってTPPに対抗する新たな手段と位置づけられる。そのための資金源がAIIB(アジアインフラ投資銀行)だ」(同氏)と結論づけている。

 これまでTPPに関してマスコミの取り上げ方は往々にして輸入価格や国内産業の動向といった点に終始しがちだったが、単なる経済的側面のみで見るのではなくパワーバランスを含めた国際政治という側面から見る必要があることを馬田氏の記事は教えている。

(湯朝 肇)