岐路に立つ農業などTPP合意の各誌検証は対中戦略の視点が欠如
◆構造改革を迫られる
加盟国12カ国による環太平洋連携協定(TPP)交渉が10月5日に大筋合意した。政府は20日、交渉概要を明らかにしたが、マスコミは関税撤廃する品目の範囲の広さをことさら強調し、国民の不安感をあおっているようだ。
果たしてTPP交渉合意は国益に叶(かな)っているのだろうか。ちなみに合意内容を見ると、農林水産物(加工を含む)は全2328品目のうち、81%に当たる1885品目の関税が即時あるいは段階的に撤廃されることが報告された。また、農業品目だけでなく鉱工業品も含めると9018品目に上り、関税撤廃率は95・1%になるという。
元来、TPPは日本の場合、工業製品に有利、農林産物には不利といわれてきたが、関税撤廃率を見ると工業製品の割合が多いことを見れば、全体的に日本に有利と言えなくもない。
そこで今後、TPP体制が確立されていくと、どうしても構造改革しなければならなくなるのが日本の農業である。安倍晋三首相は交渉合意を契機に、「日本の農業を成長産業の柱にしていく」と力説しているが、果たして日本農業は“黒船”のようなTPP体制という外圧の危機を乗り越えることができるのであろうか。これについて週刊ダイヤモンド10月17日号)と週刊東洋経済(同号)が論評記事を掲載している。
◆コメ保護を嘆く東洋
このうち東洋経済は日本農業の特に「コメ」について言及した。今回のTPP交渉で日本はコメを“聖域”とし、関税を守ったが、その代償として5・6万㌧(段階的に引き上げ、発効後13年目は7・84万㌧)の輸入枠を設定する。これに対して同誌ではTPP交渉を「行き詰りつつある日本のコメ産業の構造を転換する絶好の機会だった」とし、「(コメは)大規模化による生産コストの引き下げなどで、輸出に活路を求める必要がある。しかし、そのきっかけとなるTPPにおいても、結果的にコメ農家は関税で保護された」と論じ、日本のコメの行く末を案ずる。
コメは農産物の中でも特別に保護されてきた。減反政策を進めながらもコメ農家には所得補償などさまざまな形で優遇策を施していった。ある中小企業の経営者は「台風などで工場の屋根が飛ばされても修理は自前でやらなければならない。それに比べて農家はハウスが飛ばされれば補助金が出る。明らかに差別だ」とぼやく。しかし、そうした優遇策がコメ産業の足腰を弱めてきたのも事実なのである。「外圧による構造改革が期待できず、このままではコメ産業はじり貧となる」(山下一仁・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)というのだ。TPP悪者論が幅を利かす地方にあって東洋経済の主張はある意味で正論である。
一方、ダイヤモンドはTPPのメリット、デメリットを分析。第一のメリットは、自動車、食品加工メーカーが恩恵を受けるという点。関税が撤廃されれば、自動車産業は価格競争力が増し、食品加工メーカーには原材料コストダウンにつながる。二つ目のプラス効果はサービスや投資の規制緩和が進むこと。
三つ目は、世界のGDPの4割を占めるメガ自由貿易圏が誕生することで、欧州連合(EU)や東アジア地域包括的経済連携(RCEP)との連携も強化されるという。逆に、デメリットは、前述したように日本農業への影響が大きいこと、さらにTPPの効果がまだ不透明であるという点。さらに大筋合意されたといっても米国では議会承認が必要でその成り行きが未知数という懸念材料を挙げる。
◆日米主導する経済圏
ただ、TPPの大筋合意について経済2誌は深く言及していなかったが、今回の最大のメリットは日米主導の大規模自由貿易圏が形成されたことであろう。オバマ大統領が「中国のような国に世界経済のルールをつくらせるわけにはいかない」と語ったように、対中国戦略的経済圏が出来上がった点が何よりも大きい。
市場経済を推し進めるといっても未(いま)だに共産主義を国是とし民主派や少数民族の人権を軽視して一党独裁を続ける中国が今、その覇権を拡大するためにアジアのみならず、アフリカ、南米に莫大な資金を投入・援助して影響力を強め、その一方で、覇権進行を妨げる国や障害になる国に対しては露骨な形で領海・領土を侵犯する力の行使を遂行中だ。こうした中国に対して、真に自由主義を価値観とする国々が集まって経済圏を構築することは重要なことであり、今日その構築と確立が望まれているのである。
(湯朝 肇)