日本型経営に大変革の波 企業リスク研究所代表 白木大五郎氏に聞く
性弱説こそリスク管理の王道
日立製作所や関連企業で労務、人事、リスク管理やコンプライアンス(法令遵守<じゅんしゅ>)の担当役員として辣腕(らつわん)を振るった「企業リスク研究所」代表の白木大五郎氏は若手経営者を育成する「白木塾」で人材育成の大切さをユーモアあふれる川柳を使って教えている。日本の中小企業にも通じる企業倫理や危機管理の根底にある意識改革について聞いた。(聞き手=深川耕治、写真も)
賞与は短期、給料は長期的視点/ユーモア川柳で実例ひもとく
罪重し 犯したことより 隠すこと
――日立を退職後、故郷・福岡で若手経営者を育成する白木塾を創立したのは、臨死体験をして人生観が一変したことが根幹にあるとのことだが、どう変わったのか。
結婚35周年記念のイタリア旅行に行く前、人間ドックで肝臓病が判明し、名医のおかげで困難な治療を克服し、72日後、奇跡的に退院した。生死の境を彷徨(さまよ)っていた時に体験したのが様々な夢や幻覚症状。当時、友人を車に乗せ、途中のスーパーに降ろして待っていたが来ないので諦めて帰宅した。意識が戻ると、友人が3カ月前に同じ病気で他界していたことに気づき、死んだはずの父がバスでじっとこちらを見ている夢も見た。もう少し生きろ、と伝えに来たのではないかと悟った。生かされた命を故郷・福岡に恩返しすることに注ぎたいと決め、平成20年から毎月、若手経営者を中心に70人の塾生を集め、無償の経営塾『白木塾』で経営者育成の勉強会を毎月続け、既に75回目を数えた。
――父・正元氏の中学生時代の日記に「日本男児として生まれたからには、この世に生きた証しを残して死にたい」と綴(つづ)られたことでも人生観が変わった。
父は戦前、朝鮮銀行に勤務後、引き揚げて日立製作所戸畑工場に入社し、42歳で戸畑(合併後は北九州市戸畑区)市長となった。若戸大橋を建設し、戸畑を含む5市合併による北九州市誕生と共に50歳で政界をきっぱり引退している。志を全うした後の見事な引き際に、自分のサラリーマン人生後の生き方を先駆けて示してもらった。黒田藩筆頭家老・栗山利安(としやす)の末裔であり、太宰府の観世音寺の復興地元貢献に寄与した400年15代続いた白木家の長男でありながらサラリーマン人生を優先して今まで地元に貢献できなかった。後藤新平は「お金を残すのは下、仕事を残すのは中、人を残すのは上」と言っているように、故郷で人材育成を続けていきたい。
――著書「あなたの会社は大丈夫? 標語・川柳で学ぶ管理者のための企業リスクマネジメント」(丸善プラネット)はリスクマネジメントやコンプライアンスに長年取り組んできたノウハウを標語やユーモラスな川柳に託してまとめた「企業リスク」回避の分かりやすい実例集となっていて好調な売れ行きで既に三回の重版をしている。一部上場企業だけでなく、中小企業の管理職の意識改革に好評だが、博多の遊び心が教育にも生かされている?
福岡には元々、洒落(しゃれ)の文化があり、政府批判もウィットに富んでいる。堅いテーマをストレートに啓蒙(けいもう)しても大手企業の管理者には、なかなか頭に入らない。日立電子サービス(現・日立システムズ)の役員の時、川柳・標語によるリスクマネジメント教育を実施。「リスク管理の優劣は “想定内”か“想定外”」「罪重し 犯したことより 隠すこと」「国産の ウナギがしゃべる 中国語?」など分かりやすい川柳100首にまとめ、社内パソコンのスクリーンセーバーにした。コンプライアンスを川柳で教えていることが評判となって共同通信が取材し、記者から書籍化を勧められて実現した。年金川柳、企業戦士のための離婚リスク予防川柳など、身近なテーマも多岐に広がり、高齢者の熱烈なファンも増えている。
――日立製作所は10月から国内の課長級以上の管理職(国内全社員の3分の1に相当する約1万1000人)を対象に年功序列制度を廃止し、仕事の内容や成果に応じた人事・賃金制度を導入すると発表し、パナソニックやソニーも追随する動きだ。
日立グループでは製造のグローバル化、資本のグローバル化、人のグローバル化が始まり、世界同一賃金を確定させた。賃金はジョブグレード(仕事内容の7段階格付)で評価する。日立の株主の32%が外国人で、さらに割合が増えていく。GE(ゼネラル・エレクトリック)やシーメンス、フィリップスなどの人事や賃金制度を意識している。人を動かす時、日本国内での賃金と海外での賃金に格差があるようでは有能な外国人社員から不満が出る。管理職は毎年、目標年収や目標難易度を明示し、達成状況から自己評価して上司の評価を得るので、実際の給与は「期待年収」を基に目標の達成度合いに応じて総合評価で決まる。社長がやるべきことは適正な人事と公平な評価の二つだ。
――企業のリスクマネジメントで最も大切なことは何か。
川柳で言えば、「不祥事発生防止策 “性悪説”より “性弱説”」というのが持論。人は生来、弱い生き物で、誘惑の多い一定の環境や条件に置かれると、つい魔が差したり、うっかりミスを犯すものだ。企業は大切な社員をそんな環境に放置せず、人間の弱さを意識した適切な管理システムを構築して社員を守ることが性弱説に立った不祥事防止策だ。
――ノーベル物理学賞を受賞した米カリフォルニア大の中村修二教授は企業内研究者の成果は社員、企業のどちらに属するのかクローズアップさせた。中村氏は青色発光ダイオード(LED)の製造装置に関する技術を開発し、日亜化学工業が特許出願し、5年に世界初の製品化に成功して日亜も業績を伸ばしたが、中村氏が手にした会社からの報奨金はわずか2万円。訴訟で和解し、当時は開発者の境遇が悪い中小企業も多く、企業の技術開発に関する問題提起につながったのでは。
2万円は成功報酬としてはおかしい。5年間の利益の1%を技術開発者に報奨金として渡すなど、社員への正当な評価が必要だ。かつて日本は完全な終身雇用制の時期があり、その当時であれば低い報奨金でも許容できたかもしれない。最近の新入社員は就職した企業に最後まで残ろうと考える人は全体の3割。残りの7割はとりあえず現在の職場に勤務して転職する可能性があり、従業員の会社への意識や忠誠度は大きく変わってきた。
――日本企業は平成10年前後、コスト削減を目的に賃金制度で年功序列撤廃や成果主義導入を進めたが、評価方法の難しさから失敗した事例も多く、従来型の賃金体系に戻してきた経緯がある。日本企業にとってどんな社員評価を行うべきか。
従業員の意識が変わり、企業内での出世ではなく、自分の達成したいことをやっていく時代となり、これでは年功序列制度が持たなくなってくる。時代の変化に耐えることがリスクマネジメントの基本なので、今後、企業は賞与は6カ月ごとの短期成果で決め、給与はある程度長期で判断するリカバリーショットが効く成果主義に立つべきだ。
目先の数字だけ追求する米国流の成果主義は日本人のメンタリティーに馴染まないので、結果だけの成果ではなく、プロセスの成果も見ないといけない。1回失敗すると萎縮するおっかなびっくりではチャレンジ精神が出てこない。成果主義だけでは、将来、芽が出る努力をしなくなり、瞬間の成果、短期間のベストだけを追い求める。経営は部分のベストだけではなく全体のベスト、短期のベストではなく長期のベストが重要だ。バランス感覚のあるシステム的な物の見方ができるように評価要素を取り入れないと成果主義だけでは失敗する。上から言われたことをやったことと、言われなくてもやったことをどう評価するかだ。






