遠のく北拉致問題の解決
宮塚コリア研究所代表 宮塚 利雄
理解できぬ政府の対応
見送られた非難決議案提出
去る2月27、28日にベトナムのハノイで開催された2回目の米朝首脳会談は、事実上の「失敗」に終わった。1年前までは「老いぼれ狼(おおかみ)」「リトル・ロケットマン」と互いを罵(ののし)り合っていたのに、昨年6月にシンガポールで1回目の歴史的な米朝首脳会談での成果を踏まえての今回の会談であった。だが、金正恩朝鮮労働党委員長の要求する「対北朝鮮制裁の全面解除」に対し、トランプ米大統領は「寧辺核施設だけではなく他の核施設の放棄」を要求し、会談は決裂したのである。
米国頼みの限界を露呈
この会談の時も安倍晋三首相は、シンガポールで行われた初会談の時と同じように、トランプ大統領に、金正恩氏に対する拉致問題の提起を依頼したが、会談で「どのように話されて、どのような結果であったのか」ということについては伝えられていない。安倍首相は2月28日に、トランプ大統領から会談の結果に関する説明を受け、「拉致が2度議題に上った」と記者団に説明したが、金正恩氏の反応は、拉致被害者の早期帰国実現を願う日本側の要求に応えるには程遠いものであったようだ。そればかりか北朝鮮側は、日本側が「会談に水を差すようなこと(拉致問題を議題に提起したこと)」をしたので、会談が不調に終わったというようなことまで言ってのけた。金正恩氏が拉致問題の解決に「前向きな姿勢を見せていない」ことは明らかで、トランプ大統領頼みの拉致問題解決の限界を示した。
このような状況にありながら、3月13日に菅義偉官房長官は記者会見で、昨年まで11年間続けてきた国連人権理事会での北朝鮮に対する非難決議案について、「今回、提出を見送る方針を固めた」と発表した。2008年以来、欧州連合(EU)と共同提出してきたが、「日本人拉致問題で解決の糸口を探るためには北朝鮮に一定の融和姿勢を見せ、交渉再開への環境整備を図る必要がある」との考えからのようだ。しかし、一方の北朝鮮はどうだろうか。同じ3月13日に北朝鮮の朝鮮中央通信は、スイス・ジュネーブで開かれている国連人権理事会で、日本側から拉致問題の解決に向けた国際社会の支持を求める呼び掛けがあったと指摘して「日本が騒ぎ立てている拉致問題は長らく前に解決された問題だ」と非難する論評を出した。
日本政府は「北朝鮮は国際社会からの人権政策に関する非難に神経をとがらせている」「日本が国連人権理事会で北朝鮮批判のトーンを抑えれば、日朝交渉再開へのメッセージになり得る」と判断したようだ。だが、執拗(しつよう)に「拉致問題は解決済み」を主張している北朝鮮にとって、今回の非難決議案提出の見送りは、「日本がようやく、わが国の主張を受け入れるようになったか」くらいの認識であろう。北朝鮮は「日本は『対北圧力維持』と『拉致問題』を執拗にわめいていたが、これでおとなしくなるだろう」くらいにしか受け止めていないのではないか。
思いやり通じぬ北朝鮮
なぜ、11年間も国際社会と連携して北朝鮮の非人道的な人権問題の終結を強く訴えてきたのに、今年は提出を見送ったのか。14年5月、スウエーデンで行われた日朝実務者協議で、日本人全拉致被害者の再調査を約束する「ストックホルム合意」を結んだが、2年後に北朝鮮は拉致再調査のため設置された「特別委員会」を解体してしまい、拉致問題の解決は振り出しに戻った苦い経験がある。日本は拉致問題解決のためにも「北朝鮮に対する非難決議案提出国」を継続すべきであった。
北朝鮮との交渉は一筋縄ではいかない。北朝鮮は1945年9月19日にソ連の漁船を改造した「軍艦プガチョフ号」に乗って元山港に上陸した、金日成をはじめとする抗日パルチザン60人の末裔(まつえい)たちが建国した国であることを理解すべきである。今回の相手に対する思いやりを北朝鮮の金正恩氏はどう受け止めるだろうか。金正恩氏は「トランプは拉致のことなど理解していない。こんなトランプに頼る日本なぞ放っておけ」と思っているだろう。
(みやつか・としお)











