シリア内戦いまだ終わらず

渥美 堅持東京国際大学名誉教授 渥美 堅持

補給能力持つ反政府勢力
伝統的な物流システムを維持

 今やその複雑性ゆえに世界の関心を買っているシリア内戦は開始から7年目を迎えた。犠牲者約35万人以上、難民として国外に脱した者約500万人、内戦前の人口は約1800万人余り。そして現在の人口は約1300万人以下となり、いまだ戦乱の中にある。国内数カ所に戦場を抱え世界が注目した「イスラム国」(IS)の影は消え去りつつあるが、彼らの吐く息は消えていない。その匂いを変えたにすぎない。7年前に何が起きて今日のようなシリアになったのか、いまだ確かなことは判明していない。それゆえ問題解決への解答が見つからず、アサド政権に反対する者の数を減らすのが唯一の解決策であるとする印象を与えている。

 7年前、シリア南部の町ダラアで金曜礼拝の後に起きた子供に対する治安当局の行動がこの内戦を導き出したと言われている。だが、あえて子供たちに反政府的な絵を壁に描かせて当局の武力弾圧を導き出し、子供の犠牲を世界に訴えることを旗印としてアサド政権を紛争に引きずり込んだという説もある。内戦の始まりが単なる民主化要求運動でなく、最初からアサド政権打倒を目的とした内戦覚悟のシリア騒乱であったとの声が聞こえるなど、内戦の起因は諸説あるが、いまだ明確ではない。

 しかし、その起因はどうあろうとも、シリア内戦はシリアの持つ独特な国情がその背景に存在している。まずシリアは多民族、多宗教国家であり、それゆえ統一性に乏しい環境の中にある。その結果、国家意識に乏しい国民によってこの国は構成され、国民が国民たる意識を持たず、そのアイデンティティーは血族に置かれ、国家に置かれてはいない。それゆえ一度、政府との間に問題が発生すると、有能な仲介者が出てこない時には、言葉での対立を超えて、双方が武装闘争に入りやすい。

 今回の場合も外部のマスコミは民主化運動と単純に捉えたが、紛争が長期な内戦状態になるに及んで、シリア情勢に対する判断に悩むようになった。確かに民主化要求は一部のシリア市民から上がったが、それに武力で応じたシリア政府に対して、アサド・バース党政権に生活の場を奪われた市民の積年の恨みが武装行動として表現され、今日の紛争となった。

 強力な政府の軍事力に対して反政府勢力が応じることのできる時間は短いものであるが、反政府勢力が常に補給能力を持った場合、戦闘は長期化するのがこの世界の特徴である。これはかつてのレバノン内戦を見れば不思議ではない。

 いわゆる中東戦争と呼ばれる戦争が短期で終了するのは、イスラエルには米国という強力な補給国があったが、アラブ側にはそれがなかったからである。生産性の低いアラブ世界は兵器生産能力が低く、それゆえ戦うための補給ができず終戦となる。しかし内戦は長期にわたる。その理由は内戦状態が特殊な市場を形成し、部族という血脈による供給システムが古来存在するからである。

 現在、ダマスカス東部に広がる砂漠の入り口にある東グーダ地区がシリア政府の攻撃を受けているが、この地域は反アサド運動が最初に起きた所であった。アサド政権を支持するキリスト教徒が多く住み、それゆえアサド政権もこの地の攻撃は控えていた。しかし今日に至り、キリスト教徒の脱出にも目鼻がついたので政権による攻撃が強められ、現在のような様相を呈することになった。

 しかし、この地に住むイスラーム教徒の住民はアラビア半島と強いつながりを持ち、夏はシリアに居住し冬には砂漠での放牧生活をするアラブ部族の集団で構成されている。住民は伝統的な流通システムを維持し、ダマスカス市場を頼らずに東から来る生活物資に依存する生活を維持でき、アサド政権からの恩恵をそれほど意識しなくてよい地域である。それゆえ小火器類の搬入も生活物資の搬入同様、絶えることはない。その結果、かつてのレバノン内戦同様、戦いは継続されるということになる。

 このような歴史的、伝統的、血脈的な環境が補給を可能としているため、戦闘はなかなか終わらない。ましてや早々にシリアを出国した裕福な階層の中には反アサド政権派が多数おり、その者たちからの送金が反政府勢力の補給維持を支えていることもアラブ伝統の特徴である。こうした資金で武器製造元から買い付けられる武器が反政府勢力に流れる限り、彼らの行動を止めることはできない。

 今、シリア軍が東グーダ地区を完全包囲し攻撃を強化させようとしている。その結果、東グーダ地区は補給を失い陥落することになる。しかし今のところ完全包囲のニュースは流れて来ず、東グーダ地区の陥落はいまだ未知数である。またダマスカス周辺には東グーダ地区に似た地域がまだ多くあり東グーダ地区が陥落しても内戦は終わらない。

 このような情勢に加えて北部シリアのクルドの拠点、アフリンがトルコ支援の反政府勢力によって陥落した。アサド派の諸宗教族をようやく引き揚げさせ、ダマスカス周辺の攻撃が可能となったシリア政府にとって、アフリンを反政府勢力の手に奪われたのは大きな痛手である。アフリンもまた西グーダ同様、交易の都市である。シリア情勢は新たな段階に入るとの判断は遠い。

(あつみ・けんじ)