急接近する印・イスラエル

佐藤 唯行獨協大学教授 佐藤 唯行

「共通の恐怖」対策で連携
先端兵器・技術の大型取引も

 イスラエル建国を間近に控えた1947年、ユダヤ系物理学者アルバート・アインシュタインは初代インド首相ネルーに対し、ユダヤ人国家建国の暁にはこれを承認してほしいと願う手紙を書き送った。ユダヤの新国家が国際社会で生き延びるためには欧米列強のみならず、南アジアの大国インドの支持を取り付けておきたいと考えるシオニスト指導部の差し金であった。指導部は消極的なシオニストであったアインシュタインを説き伏せて手紙を書かせ、彼の国際的名声を利用してネルーから「建国承認」を取り付けようとしたのだった。けれどネルーの返答は冷たい拒絶であった。建国予定地パレスチナには多くのイスラム教徒が住んでおり、彼らに同情するイスラム教徒はインド国内に大勢いるという理由であった。

 それから70年が経(た)ち、現インド首相モディは多くのインド人がイスラエルに対して抱いてきた愛憎相半ばする過去の感情を捨て去り、イスラエルを公式訪問した最初のインド首相となった。

 7月4日、到着したモディを出迎えたネタニヤフ首相は歓迎式典で「イスラエルが建国されてから70年近く、われわれはあなたを待ち続けてきたのです」と熱いラブコールを送った。3日間にわたるモディのイスラエル歴訪中、ネタニヤフは全ての行事に同伴する異例のもてなしぶりを示したのだ。二人は24時間に5回も抱擁し合い、親密ぶりを世界にアピールした。

 実はモディ以前、歴代のインド首相が公式の場でイスラエル首相と抱擁することは一度もなかったのだ。パレスチナ人と対立するイスラエルと親しくすることはインド国内に住む1億7000万人ものイスラム教徒の反発を招く危ない行為と見なされたからだ。しかし、ヒンドゥー至上主義を掲げ選挙で勝利し誕生したモディ政権はこれまでの政権と異なり、イスラム教徒票田の顔色をうかがう必要などなかったのだ。モディ政権誕生こそ今回の印・イスラエル急接近を生み出す前提条件であったわけだ。

 人口13億のインドは世界最大の民主国家だ。850万人の小国イスラエルもインドと同じく逆境の中で建国し、中東で唯一の民主主義国家へと発展した歴史を持つ。両国を結び付ける絆はイスラム原理主義勢力のテロに決して屈せぬという不屈の決意であろう。モディ率いるインド人民党(BJP)は「一つのインド・偉大なインド」を標榜(ひょうぼう)し、イスラム過激派に対し強硬な対決姿勢で臨んできた。

 モディ自身も州首相在任中には反イスラム暴動を誘発・扇動する言動を繰り返した筋金入りのヒンドゥー至上主義者だ。それ故、モディとその支持者にとり、「大イスラエル主義」を掲げるイスラエルの右派政党リクードと党首ネタニヤフは「BJPのイスラエル版」「イスラエルのモディ」と映じ、親しみを感じさせる存在なのだ。モディとネタニヤフは「共通の価値観」「共通の恐怖」で結ばれた間柄なのだ。

 「共通の恐怖」に立ち向かうために両国は公式な外交関係を樹立するずっと以前、1960年代後半から緊密な関係を築いてきたのだ。

 イスラエルの諜報(ちょうほう)機関モサドとインドの諜報機関RAWの協力関係は他国の密偵たちがうらやむほどの親密ぶりと言われる。また両国はテロ対策合同チームをつくり、定期的に研修を重ね、技量を磨き、それを共有してきた。最近ではサイバー空間を含むテロ対策でも連携している。さらに国境管理業務でも互いのノウハウを教え合う間柄なのだ。両者は今後ともイスラム過激派テロとの長く苦しい闘いにおいて同盟者であり続けるだろう。

 このように両者の関係は決してビジネスライク一辺倒ではないのだが、急接近を下支えしているのがビジネス上の提携関係であることもまた真実なのだ。乾燥した国土と慢性的水不足を抱えるインドはイスラエルが開発した世界をリードする生活排水の再処理技術、海水の淡水化技術、ハイテク灌漑(かんがい)施設を購入する上得意客なのだ。

 また何よりも世界に冠たるイスラエル軍事産業にとり、世界最大の武器輸入国インドは極めて大切な市場なのだ。今やイスラエルはインドにとり露、米に次ぐ第3位の武器輸出国となっている。昨年の売却総額6億ドルはインドがイスラエル製武器の最大の輸出先となっていることを示している。今年はイスラエルの国営武器メーカー、航空宇宙産業社がインドへ20億ドル超のミサイル防衛システム売却契約調印にこぎ着けている。これはイスラエル史上最大の武器売却契約となった。

 また別の国営武器メーカー、ラファエル社は対戦車ミサイルのインドへの売却交渉(10億ドル)で最終段階に入ったと伝えている。

 このように未曽有の規模で先端兵器の購入をインドが進める背景には中国の脅威が存在する。「一帯一路」構想を掲げる中国がインドと対立するパキスタン、バングラデシュ等を取り込みインド洋への進出を加速しているのだ。さらに北部の係争地では62年の中印国境紛争以来、今最も緊張が高まっている。こうした中での兵器購入と言えよう。

(さとう・ただゆき)