トランプ政権のユダヤパワー

佐藤 唯行獨協大学教授 佐藤 唯行

財務長官ら2閣僚登用
中心は娘婿のクシュナー氏

 多様な人種・民族集団がしのぎを削る米社会では各集団の政治力は閣僚人事の顔触れからも推察できる。例えばヒスパニック系は米総人口の17%を占める最大の少数民族でありながら閣僚の17%を占めることはない。政治・経済力が多数派の白人キリスト教徒と比べ著しく劣勢だからだ。実際、トランプ政権の正規閣僚15人中、ヒスパニック系は序列中位の労働長官アコスタただ一人にすぎない。

 ちなみにアコスタはヒスパニック系と言っても先住民や黒人の血を引かぬキューバ系白人であるためトランプの支持基盤である白人労働者層にとって許容できる人選なのだ。同様に人口の13%を占める黒人からは住宅都市開発長官カーソン、アジア系からは運輸長官チャオ(台湾出身)、それぞれ1人ずつの任用にとどまっている。残り12人の内訳だが10人は米社会の多数派白人キリスト教徒が占めている。特筆すべきはユダヤ系の存在感だ。米総人口の2%弱ながら、人口比を大幅に上回る2人の閣僚を輩出しているからだ。

 財務長官のスティーブン・ムニューシンと退役軍人長官のデービッド・シュルキンである。在米ユダヤ人社会は歴史的に民主党との間により強い結び付きを築いてきたため、共和党政権におけるユダヤ系閣僚の登用度は決して高くはない。この点を考慮すれば、「主要閣僚を含めて2人」というトランプ政権における登用度は歴代共和党政権の中ではトップクラスと評価できよう。

 財務長官のムニューシンだが、彼は親子2代にわたりウォール街の老舗ユダヤ系投資銀行ゴールドマン・サックスで大幹部を務めた人物だ。昨年の大統領選ではトランプ陣営の金庫番を務め、その手柄が評価されての政権入りだ。米経済に威勢をふるうユダヤ系銀行家集団を敵に回すと政権運営が難しくなるという判断も働いたはずである。

 過去にさかのぼればクリントン政権の財務長官ロバート・ルービンもゴールドマン・サックス出身のユダヤ系であった。オバマ政権の財務長官ジェイコブ・ルーも正統派ユダヤ教徒で米大手金融機関シティグループ出身だ。米財務長官職には「非公式のユダヤ人指定枠」が存在し、ウォール街のユダヤ人銀行家が指名されるという噂が巷間にささやかれるのもこうした歴史的事実が背景にあるからだ。

 ゴールドマン・サックス出身のユダヤ系と言えば国家経済会議(NEC)委員長ゲイリー・コーンの名も挙げられる。トランプ大統領のそば近く仕え、経済政策の助言を行うポストだ。政権に招き入れたのは後述するトランプの娘婿クシュナーだ。つまりユダヤ人脈による登用ということだ。クシュナーとコーン、両者は政権内でも盟友関係にあるのだ。

 コーンとムニューシン、2人のユダヤ系を政権中枢に送り込むことに成功したゴールドマン・サックス。米政府との癒着を「ガバメント・サックス」と揶揄(やゆ)されるゆえんである。この2人、金融政策の舵(かじ)取りを一手に握り、金融の規制緩和、キャピタルゲイン課税率引き下げ等、ウォール街寄りの政策を打ち出してくるのは必至だ。

 この2人と異なり国際政治の舞台でユダヤ人国家を擁護できる立場にあるのが大統領上級顧問のジャレッド・クシュナーだ。彼はイスラエルのネタニヤフ右派政権の立場をトランプ政権内で代弁する役回りを担っているのだ。クシュナーが心服するユダヤ教の某導師によれば、イスラエルという国はクシュナーにとり政治的論議の対象ではなく、無条件で守るべき親兄弟のような存在だという。

 こうした心情が育まれた背景には第一に家庭内での祖父母の教えがあった。ナチス占領下のポーランドで地下トンネルに身を潜めホロコーストを生き延びた祖父母は幼いクシュナーに向かって「ユダヤ民族の生き残りを確かなものにするためには最終避難所としてのイスラエルを守り抜かねばならぬ」と教え諭したそうだ。

 第二は中高一貫制のユダヤ人学校で受けたシオニスト教育だ。そこではヨルダン川西岸は聖書に記された「ユダ・サマリアの地」に他ならず、未来永劫(えいごう)ユダヤ人が領有すべきだという言説が在校生の間で共有されていたそうだ。またパレスチナ人に対しては「テロ行為を繰り返す安全保障上の脅威」と見なす共通認識も定着していたという。クシュナーが同校を卒業して間もなくパレスチナ民衆蜂起が勃発し、リベラル派ユダヤ人の間からイスラエルの占領政策に対する批判が澎湃(ほうはい)と沸き起こったが、彼はこれに同調しなかったそうだ。多感な少年時代に受けたシオニスト教育が人格形成に深い影響を及ぼしたと推察されるのだ。

 第三は実父からファミリー企業を継承した結果、生じたビジネス利害と言えよう。クシュナー家がイスラエルに投資した資本は結構な額となっており、イスラエルの領土保全と同家の家運は一蓮(いちれん)托生(たくしょう)の関係にあるのだ。クシュナーが米大統領府を親イスラエルへ導こうとする三つの背景を考察したが、彼こそトランプ政権におけるユダヤパワーの中心と言ってよいだろう。

(さとう・ただゆき)