トランプ米大統領の豹変

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき目玉政策の失敗で学習
「大人の枢軸」の提言を採用

 トランプ米大統領が大統領選挙勝利につながった公約も含め次々と、それも激しく国内外問題への姿勢をひっくり返している。対外政策だけを見ても豹変(ひょうへん)ぶりは激しい。自分はアメリカの大統領であって世界の大統領ではない。海外の紛争には介入しない、と大統領選出後も述べてきたが、アサド政権によると思われるサリン攻撃後、即刻トマホーク巡航ミサイルを59発シリア空軍基地に撃ち込んだ。

 ロシアのプーチン大統領は強い指導者と、ロシアのクリミア併合や自国民への残虐行為を続けるアサド政権へ加担しても、批判を控えるばかりか、褒めちぎってきたが、「シリアと連携しているので」ロシアとの関係はこれまでより悪くなっている、と宣言。

 北大西洋条約機構(NATO)は「時代遅れ」で、アメリカばかりが負担をしているとし、ドイツに対してはアメリカに大きな借金があると述べ、「請求書」を渡したとまで言われていたが、NATOは今テロと戦っているので時代遅れでなくなったと、既に長年アフガニスタンでアメリカと共に戦っているNATOの政策が突然変わったかのように述べ、価値を認めた。

 大統領就任の翌日に中国を「為替操作国」に指定すると断言し続けてきたが、習近平主席との初サミット後には、中国は今や為替操作国ではないと述べるに至った。

 過去の大統領ももちろん政策変更はあった。しかしトランプ氏の場合は、突然、それも重要な問題への姿勢を幾つも、短期間に、あまりにも極端に変える。明らかな無知や身勝手な思い込みが修正されるのは歓迎されるが、アメリカ大統領の発言の重み、また中身が急変することがいかに世界中に影響を与えるかには全く無頓着に見える。

 昨今の見解の変更にはさまざまな要因があるだろう。

 選挙公約として支持を集めていたいわばオバマケアの廃止と代替政策の法制化は、共和党多数議会の一部議員の強硬な反対で今のところ頓挫している。ムスリム人口が大多数を占める7カ国からの移民・難民の入国を制限する行政命令も、差し替え命令(対象国6カ国)も連邦裁判所によって施行が差し止められている。こうした目玉政策の失敗から、政府機能の複雑さや選挙に勝つための約束は必ずしも政策として通用しないことを学ばざるを得なかった。

 こうした国内政策の挫折と時を同じくして北朝鮮の核問題やシリアの化学兵器使用など難しい安全保障問題に直面したトランプ大統領は、「大人の枢軸」といわれるようになっている退役海兵隊大将でインテリ将軍といわれるジム・マティス国防長官、エクソン・モービル元社長レックス・ティラーソン国務長官、そして元海兵隊大将でNATOで欧州連合軍最高司令官の特別補佐官も務めたジョン・ケリー国土安全保障長官のトリオ、そしてマクマスター国家安全保障担当大統領補佐官(NSA)に耳を傾けるようになっているといわれる。マクマスター補佐官はイラク戦争の大ベテランで、戦術が間違っていれば上司に逆らってでも提言することで知られている。

 この面々が密接な連携と協力体制を敷き、堅実な外交安全保障政策を打ち出し始めた。またマクマスター将軍がNSAに就任して以来、それまでの混乱状態とは打って変わり国家安全保障会議では整然と幅広い議論が進められ、素早く結論が大統領に示されるようになったと評価されている。

 さらに対中政策では別の要因もあるとみられている。中国を為替操作国に指名しなかったのは、金融界やビジネス界の大物たちから現実を教えられたからとされるが、専門家たちをさらに驚かせていることがある。トランプ大統領が敵視していた中国の国家主席と長時間にわたる熱心な意見交換をし、習主席から問題の複雑さを学んだと認め、その間にシリアのサリン使用に対しシリア基地を攻撃し習主席を驚かせ、北朝鮮の核・ミサイル開発問題では連携を図り、一方で貿易格差に関しては多少の譲歩を引き出し、と建設的な関係構築を図り、そして同時に敬っていたはずのプーチン大統領のロシアに対してシリアのアサド大統領のサリン使用に責任があると、厳しく批判しだしたことである。

 ワシントン・ポストの大ベテランの外交専門論説委員デービッド・イグネイシャス氏は、トランプ大統領は、まるでキッシンジャー氏が得意とした大国同士を競わせる手法を用いている、政治家としておそらく史上最も経験の浅い大統領が力の均衡外交を試みていると評価した。それもそのはずであろう。大統領の側近中の側近となっている娘婿クシュナー氏は、キッシンジャー氏に教えを請い、中国との仲介も依頼している。

 トランプ大統領は特定の政治志向を抱く指導者ではなく、人間関係への執着もない。それだけに、成功するためであれば何でも取り入れる余地がある。しかし、きちんとした戦略があるわけでもなく、また自分が成功し褒められることが最優先、そのためには嘘(うそ)も裏切りもいとわないという大統領の性格は変わらない。

 アメリカの安全保障関係者そして同盟国はここ数週間のトランプ大統領の豹変に安堵(あんど)したが、明日のツイッターでまた百八十度豹変(ひょうへん)するか、常に不安を抱かざるを得ない。

(かせ・みき)