トランプのユダヤ人脈

佐藤 唯行獨協大学教授 佐藤 唯行

策士の娘婿が最側近に

カジノ王が巨額献金を約束

 米大統領選が終盤を迎える中、当初中立的であったその立場を変え、親イスラエル色を鮮明にしつつあるのが共和党候補のトランプだ。「オバマがイランとの間で結んだ核合意を自分が大統領になったらひっくり返す」と豪語し、在米親イスラエル派を喜ばせたことは記憶に新しいところだ。

 トランプを親イスラエルへ誘導するキーパーソンが長女イヴァンカ(結婚を機にユダヤ教に改宗)の夫ジャレド・クシュナーだ。ホロコースト難民の孫であり、正統派ユダヤ教徒でもあるクシュナーはイスラエルへの熱い思いを胸に秘めるユダヤ色の強いユダヤ人なのだ。若き日のトランプがそうであったように、クシュナーはニューヨーク市で不動産開発をなりわいとする家業のクシュナー社を継承し、自分の代で急成長させたのだ。マンハッタンの五番街に摩天楼を購入するなど、実父を凌(しの)ぐ成功を収めつつあるクシュナーの中に、トランプは若き日の自分の姿を見いだしているのだろう。実はこのクシュナー、本業以上に政治好きで知られており、義父のトランプもそのセンスを高く評価しているのだ。

 クシュナーがトランプの選挙戦に指南役として登場したのは今年の3月だった。この時、トランプは「イスラエル・パレスチナ間の交渉では自分は中立を保つ」とうっかり即興の返答をしてしまい、在米ユダヤ指導層を激怒させてしまったのだ。窮地に陥ったトランプに向かって、かくなる上はユダヤ・ロビーの横綱AIPAC(エイパック)の全国大会に登壇して、演説により明白な親イスラエルぶりをアピールするしか策はないと進言し、トランプの尻を叩(たた)いて実行させたのがクシュナーだったのだ。こうしてトランプ陣営の選挙参謀となったクシュナーが今年6月に行ったことは、予備選における同陣営の選挙資金責任者、コリー・ルワンドウスキーの解任・追放であった。「第一の側近」としての自己の地位を守るため、トランプの実子たちと結託してルワンドウスキーを排除したのだ。義父トランプとは対照的に穏やかな語り口、柔らかな物腰にもかかわらず、策謀にたけたしたたか者のようだ。その片鱗は実父が脱税容疑で逮捕された16年前に垣間見ることができる。

 この時、検察側に情報提供を行った実父の部下を罠(わな)にはめることで実父の起訴を回避すべく、売春婦を雇いハニートラップを仕掛けたそうだ。24歳の法科大学院生としては手段を選ばぬ策士ぶりと言えよう。

 クシュナーは本業の不動産開発の他に、新聞発行業にも手を広げている。社交界、政界のゴシップ記事専門のNYオブザーバー紙は以前の所有者の下ではトランプをこき下ろすことで有名だったが、クシュナーが買収し、社主に収まってからは大統領候補トランプを熱狂的に支持する御用新聞へと様変わりしてしまったのだ。彼に託された最大の任務は共和党を支持するユダヤ系大口献金者に向かって義父への献金を訴え掛ける役回りだ。

 今後トランプは娘婿クシュナーの助言にますます頼らざるを得なくなるであろう。トランプは確かに全米屈指の大富豪だが、個人資産の大半は換金性が低い不動産なのだ。手持ちの現金は決して潤沢ではない。推定個人資産110億ドルの内、現金は10億ドル程にとどまるのだ。それでも予備選の段階では何とか自腹でやり繰りできた。けれども本選の相手は既得権益層を幅広く味方に付け、圧倒的な集金力を誇るクリントンだ。彼女を相手にテレビCM枠を買い集め、メディア・キャンペーンによる浮動票取り込み合戦を続けるためにはとても自腹では間に合わない。尻に火が付いたトランプに5月初め、救いの手を差し伸べたのが在米ユダヤ大富豪にしてカジノ王のシェルドン・アデルソンだった。

 前回2012年の大統領選では1億ドルを共和党の候補に献じたアデルソンだが、今回は「トランプを当選させるため、過去のいかなる選挙戦で自分が投じたよりも多くのカネを献金するつもりだ」と約束したのだ。「共和党のキングメーカー」とあだ名されるアデルソンの約束はトランプにとり、クリントンとの資金格差を埋める切り札となるものであった。感謝したトランプ陣営がアデルソンに対し、「イスラエルの安全保障に献身する」と約束したのは言うまでもない。「イスラエルの安全保障」こそ熱烈なタカ派シオニスト、アデルソンにとり最も大切な争点だからである。アデルソンは自分がイスラエル国内に所有する無料のタブロイド紙「今日のイスラエル」紙上でもトランプを応援すると約束した。同紙はイスラエルで最大の発行部数を誇る日刊紙なのだ。イスラエル在住で米大統領選への投票権者は実に20万人。接戦となれば無視できぬ数だ。

 アメリカではタブーと見なされる話題についても腹蔵なく話し合うのがイスラエル人気質だ。何事も本音で語るトランプの姿勢はイスラエルではアメリカよりも受けが良いのだ。

 米・イスラエル二重国籍の大富豪アデルソンもまた前述のクシュナー同様、トランプを親イスラエルへ導くキーパーソンと言えよう。

(さとう・ただゆき)