台湾新政権を巡る軍事情勢

杉山 蕃元統幕議長 杉山 蕃

中国優位を米と埋めよ

「二国論」が南シナ海の鍵に

 5月20日、台湾総統に民進党党首蔡英文氏が就任し、新しい情勢へと移行した。中台関係は、1949年蒋介石国民党政府の遷台以来、極めて複雑な経緯を経ている。71年国連代表権の中華人民共和国への移転以降、双方の統一に係る見解、交渉は歴代権力の最も努力してきたところである。

 特に「一つの中国」の大原則を押し通す中国は、あくまで内政問題とし、他国の介入を許さない姿勢を取り続けている。他方、台湾は産業・経済の発展もあり、その存在感、長年にわたる「国家的アイデンティティー」の実績から実務外交を展開し、99年李登輝総統による「両岸関係は特殊な国と国の関係」とする「二国論」が展開されるに至った。米国同様、台湾の総統就任期間は2期8年が限度とされており、李登輝氏以降、民進党陳水扁氏8年、国民党馬英九氏8年の任期を経て、今回の蔡氏就任となったものである。

 総統選挙に係る軍事行動は、96年李登輝総統2期目の選挙に際し、李総統を隠れ独立派とみなす中国が台湾周辺に多数のミサイルを発射する威嚇行動を実施した。一挙に緊張が高まったが、米国の台湾海峡への空母派遣により沈静化した事案が有名である。今回の総統選においては、中国は「一つの中国」容認の姿勢を見せる国民党への露骨な支援を展開したが、軍事的行動に及ぶことはなかった。

 馬国民党政権8年間の実績は、発言・行動にブレのある姿勢に様々な評価があるが、三不政策(統一せず、独立せず、武力行使せず)を基本とし、中国にとってはくみし易い相手だったと言える。反面、三通政策(通信、通商、通航)を実現させ、両岸の経済交流を拡大させる実務的成果を上げたと言えるであろう。我が国との関係においては、尖閣、台湾慰安婦問題など反日的発言も多く、日台関係の発展に成果を上げたとは言い難い。

 軍事面においては、中国の軍事拡張著しい中、国防費はほぼ横バイを続け、単純比較では14年ベースで中国の国防費は台湾の13倍に及んでおり、海軍力、SRBM(短距離弾道ミサイル)、巡航ミサイル、4世代戦闘機を多数対岸部に配置するなど、軍事的に圧倒する姿勢を確立しつつある。台湾側も、PAC3対空ミサイル、高速対艦ミサイルを中核に努力を続けているが、米国からのF16の追加導入、通常型潜水艦の購入が中国の横槍で実現しないなど苦しい局面を過ごしてきたことも事実である。

 注目の総統就任演説では、「李登輝二国論」に深く関わり、独立志向の強い民進党党首としての言動から「一つの中国」にかかわる発言を期待する向きもあったが、予想された通り穏健な表現に留まった。今後、具体的な政策としてどのような路線を構築していくか注目されるところである。特に昨今、米中、及び関係国間で波高い南シナ海の中国による領海化の主張、岩礁の埋め立てと軍事施設化に係るせめぎあいの中で、台湾の「二国論」は、中国の主張を根底から揺さぶる根拠となりうることから、中国はあらゆる手段を使って阻止する圧力を掛け続けると予想される。

 南シナ海に浮かぶ環礁、島嶼、岩礁は数多く、現在問題となっているのは、中国がベトナムとの海戦を経て実効支配を続けているパラセル(西沙)諸島、フィリピン、ブルネイ、マレーシアと係争を抱えるスプラトリー(南沙)諸島、スカボロー礁周辺岩礁等であるが、香港南西320㌔㍍にあるプラタス(東沙)諸島は、台湾の実効支配下にあり、航空定期便が通い環礁国家公園に指定されている。

 南沙北部の太平島は、比較的面積のある環礁島で、1956年以降台湾の支配下にあり常駐警備隊が在島する。この台湾が実効支配する二つの島嶼の存在は、「一つの中国」が台湾政府に容認されている限り、南シナ海領海論に与える影響は小さいが、二国論が主張されると、中国による南シナ海中国領海論は、足元から崩れかねないことになり、何としても抑え込む必要があると推察される。すなわち、台湾は、南シナ海問題についても「二国論」という強力なキーを握っていると言ってよく、台湾生まれの台湾育ちの人々が国民の殆どを占めるに至った現在、この問題はますます増幅されていく宿命にある。

 このような状況の中で、最も影響力を有するのは、米国のこの地域への関与であることは論を俟たない。米国は全般には、軍事費削減という厳しい状況にあるが、「リバランス」により、戦力の60%をアジア方面に配置し中国の膨張に対応することを明確にしており、豪州、フィリピン、シンガポールとの間で、米軍巡回派遣、演習等による連携緊密化を進めている。最近の話題では、昨年来南シナ海の中国人工島、領海化の動きに対し、「人工埋め立て地は、領海の基点にはなりえない」とする正論を掲げ、中国人工島の12カイリ内に艦艇を派遣する行動(航行の自由作戦)を継続しており、今後の推移が注目される事態となっている。

 この様な微妙な時期、8年ぶりに政権復帰した民進党が、蔡英文総統の下、両岸関係をどのように乗り切っていくのか、そしてかなり優劣のついた軍事態勢を、台湾関係法により事実上の同盟国である米国と如何なる方策で改善していくのかが焦点となりそうな情勢にある。

(すぎやま・しげる)