消えないトランプ氏の人気

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき憤懣募る米国民を代弁

テロ、格差、オバマ大統領に

 不動産王ドナルド・トランプは共和党大統領予備選候補として「すぐに消える」はずであった。しかし、度重なる暴言や差別的発言にもかかわらず、支持が減るどころか増えるに従い、「トランプ?冗談よ」とバカにしていたヒラリー・クリントン民主党予備選候補も、トランプ氏を真剣な対抗馬として攻撃し始めた。ましてや共和党指導層は青くなっている。

 トランプ氏の魅力は何であろう。アメリカでは連邦準備制度理事会(FRB)が金利を上げるまでに経済は回復しているが、所得の不平等は広がっている。1971年に61%いた中所得者は50%に減り、高所得者と同時に低所得者も増えている。ピューリサーチによれば、ここ45年で高所得者の所得は47%伸びたが、中所得者は34%、低所得者はわずか28%しか伸びず、米国総所得に対する所得の割合が高所得者は倍近くになったのにもかかわらず、中所得者は6割から4割に減っている。

 共和党は高学歴のエスタブリッシュメントとブルーカラーポピュリストに分かれると分析されるが、トランプ氏の支持者の大半は高卒かそれ以下である。職があっても給与は上がらず、経済的に苦しんでいる。政治家には裏切られ続けていると恨み、古き良きアメリカへのノスタルジーが強い。こうした人々の共和党エスタブリッシュメント、ましてや政府への不信感は深い。トランプ氏はこうした人々の憤懣や怒りを、政治・社会的に何が許される発言かを無視し、自由奔放、遠慮会釈なく代弁してくれる。

 そろそろトランプ氏のぼろが出始めると専門家たちが何度目かの“予言”をした11月中旬、パリで同時多発テロが起き、いつでも誰でもどこでも全く無差別に襲われるという恐怖が広がった。次はアメリカで同じような規模のテロが起こると信じる人の割合は8割を超えた。するとトランプ氏は、01年の同時多発テロ後、ニュージャージー州でムスリムたちが歓喜していたと発言し物議を醸した。

 そして、サン・ベルナルディーノでパキスタン系アメリカ人とパキスタン生まれの妻というカップルが大惨事を引き起こした。トランプ氏は、すべてのムスリムの入国を拒否すべきと提案し、憲法違反、少なくともアメリカの建国の精神に反すると国際的にも激しい批判を浴びるようになった。しかし、支持率は上がり続けた。さらに不思議であるのは、トランプ氏の支持者であってもこうした政策が良い、あるいは現実的であると思う人は多くないことである。

 サン・ベルナルディーノでの銃撃テロの後、オバマ大統領は記者会見をしたが、一番熱を込めたのは、銃規制の在り方、そして共和党への怒りであった。民主党支持者ですら、大統領は「いらいらしている」だけと、被害者や怯える国民への同情や対テロ対策ではなく、野党非難ばかりに力を入れる大統領をソーシャルメディアで批判した。そして数日後、アメリカ市民の間に急激に深い不安と反ムスリム感情が広まる中、テロ対策、対「イスラム国」(IS)対策を説明し、ムスリムへの偏見を抑えるためオーバルオフィスから演説をした。しかし、言葉は空虚に響き、国民に感動や癒やしを与えることはなかった。

 アメリカ経済が上向き、より裕福になる人が増えているにもかかわらず、逆により貧しくなる人も増え、そういう人々は這い上がれないと絶望する。何もしてくれないワシントン政治、何もしないのに大きな顔をしている政治家に嫌けがさしている。さらには中国やロシアが大きな顔をし、アメリカが昔のように尊敬されないことにいら立つ。テロはいつ襲うかわからず、その不安をどこに向けてよいかもわからない。こうした普通の人の気持ちをわかり、トランプ氏は「敵」に向かう決意と覚悟を示している。

 一方、大統領は中国やロシア、イランに甘いばかりか、ISの本当の恐ろしさもわかっていないようである。「所詮高校の二軍チーム」とバカにしていたが、その後ISは恐ろしい勢いで占領地域を増やし、殺戮や拷問を繰り返し、石油や世界遺産の埋蔵品を売り飛ばし、おびえる市民から「税金」を取り、豊富な資金を集め、それを元にさらに多くの若者をリクルートし、武器を購入している。

 空爆が少し功を奏しはじめると、大統領は、ISを封じ込めたと述べたが、直後にパリの事件が起きた。大統領への信頼は落ちるばかりである。国民からは、大統領は敵を甘く見ていると映り、国家国民を守るとは思えない。オバマ大統領は言葉を失ったどころか、指導者としてアイデアすらなくなったといった激しい非難は民主党側からも聞こえる。大統領はまるで感性も麻痺したかのようである。国民の不安を抱くような同情も、有効な政策もなく、また何かを自分から動かすという強い意志も感じられない。

 トランプ氏の言葉の多くは考え抜かれた戦略ではない。国民も必ずしもその中身に惹かれるわけでも信じるわけでもない。しかし、その分かりやすい言葉、そして強さは、生活や治安、社会の変化に怯える国民の多くには頼りがいがある、信頼できると映る。現職大統領のアンチテーゼと映るトランプ氏の魅力は簡単には消えない。

(かせ・みき)