南シナ海で強硬になる中国

茅原 郁生拓殖大学名誉教授 茅原 郁生

経済批判増加に危機感

冒険主義誘う米中首脳会談

 中国の習近平主席は、9月3日の軍事パレードでの武威を背景に同月下旬に国賓として訪米し、オバマ大統領と会談をした。かねて米中対等を求める「新型大国関係」を追求してきた習主席は初の公式訪米にあたり「共存共栄への協力は米中両国関係発展の唯一の選択」とまで強調していた。しかし、オバマ大統領は中国のサイバー攻撃で年間3000億㌦の被害を受けたと経済制裁の反撃も辞さない抗議をした。また、南シナ海でも中国の岩礁埋め立てや滑走路建設に強い警戒感を抱き、事前調整段階から強い対決姿勢を示しており、会談の焦点はサイバーと南シナ海問題に絞られていた。

 中国は、サイバー問題では政府の関与を否定しつつも、拡大防止で妥協に応じたが、南シナ海問題では「中国には領有主権と合法的で正当な海洋権益を守る権利がある」と一歩も譲っていない。それでも南シナ海での両国軍機の衝突回避メカニズム構築などの成果はあったが、強硬姿勢は揺らいでおらず、本稿では中国の狙いや背景を探っておきたい。

 当面の焦点となる南シナ海問題では、かつて「核心的利益」として海洋権益の拡大を図ってきた。現に中国は本年になって顕著となった南シナ海のファイアリークロス礁など七つの岩礁の埋め立てを急ぎ、3000㍍級の滑走路を3本も建設するなど軍事基地化を進め、不沈空母化している。これで安全保障上、南シナ海に防空識別圏を設定する条件は整い、同海域の航空優勢により海軍の活動をさらに活発化させよう。実際、中国には「経済力に支えられた強大な軍事力を保有すれば世界の指導権に挑戦する資格がある」(中国通信9・29)との認識があるからだ。

 次に、これまで中国が南シナ海を重視してきた狙いには、国内的にはトンキン湾で海底の石油・ガスの開発を進めてきたように資源開発上の海洋権益があった。また、国際的には日本の物流動脈である南西シーレーンなど東アジアの国々の重要なシーレーンが収束する海域で中国の影響力強化の狙いもあると見られてきた。

 さらに南シナ海は近年、中国が強調する「21世紀海上シルクロード(一路)戦略」につながっており、そこでは中国のシーレーンの安全、インド洋での海軍力のプレゼンスやインド牽制などに狙いがあった。特に、インド洋に対してはこれまで「真珠の首飾り」と称するパキスタンのグワダル港やスリランカ、ミャンマーの港湾構築を支援し、優先使用権を確保しており、その延長でギリシャのピレウス港にまで手を伸ばしている。

 このように中国にとって南シナ海は、「一路戦略」の要石とも見られている。加えて太平洋を睨んだ戦略にも関わっている。昨秋のインドネシアでのG20首脳会議後に習主席がフィジーに立ち寄り、南太平洋は「一路」の範疇だと表明し、同行した王毅外相も中国の拡大戦略は放射状に拡大する旨も表明していた。そこには、太平洋に向けた大国にふさわしいスペースの拡大の戦略的な意図が秘められており、南シナ海は南太平洋への進出経路であると共に足掛かりとなる要衝でもある。中国の太平洋への影響力拡大の執念は、習主席が訪米前に「米中両大国の発展を受け入れる十分な広さがある」と持論を繰り返したほどだ。

 しかし、中国の隠れた狙いは別にあるのではないか。習主席が「偉大な中華の復興」を掲げ、国民の士気高揚を図る一方で、中国経済の実態は逆に持続的発展に注意信号が灯されている。実際、2014年度は経済成長率目標7・5%が未達成であったことを政権は認めており、15年の目標を7%前後に下方修正しながらその実現も危ぶまれている。習政権は持続的な高度成長が確保できない共産党執政への不信や批判をかわし、政治的自由の欠如に伴う諸矛盾への不満が増加するネット人口を通じて国民に拡散する事態への対応に迫られている。

 これらの不満や批判を懐柔するためには、90年代にも政権の求心力を強化するために愛国運動という名のナショナリズムを駆り立ててきたように、国外で冒険主義に転じる誘惑は断ち切れないであろう。その場合、中国で共産党執政の正当化のためにナショナリズムを喚起するには南シナ海は格好のテーマと言えよう。今日、まさに国民生活の向上に不安が抱かれ、拡大する経済格差、環境破壊、汚職腐敗退治などに見られるモラルの低下などへの対応に中国政権は難渋しているからである。

 実際、米中首脳会談で習主席は南シナ海領有権問題を強気で貫いて、新興大国としての領域拡大、「一路戦略」の成否に直結する南シナ海の中国内水化の正当化、南シナ海の海洋権益の確保のほかに米国の圧力に屈しないなど国内ナショナリズムを起爆剤とする「一石多鳥」の手を打ったと見てもよかろう。

 このようにオバマ大統領との首脳会談では、習主席は南シナ海問題で突っ張らざるをえない国内事情を露呈させた。その強硬姿勢は、中国に迫り来る経済の翳りへの不安感も炙り出したが、その分、南シナ海の現場では緊張事態が増えることになろう。詰まるところ、米中首脳会談は何であったのか。強い指導者という演出では中国の戦術的勝利だったとしても、世界的課題への取り組みに当たる品位や力量に疑念が抱かれ、戦略的には成功とは言えない結果に終わったのではないか。

(かやはら・いくお)