北海道農業の活性化 一般社団法人北海道農業サポート協会代表理事 大沼康介氏に聞く

農家の自立と企業化を支援

 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉が大詰めを迎える中、日本の農業は大きな岐路に立たされている。とりわけ、他の都府県に比べ専業農家の割合が大きい北海道は、重要5項目の農産品目で自由化が進めば大きな打撃を受けることは必至。そうした中で、北海道の農家の自立と企業化を後押しする民間団体「一般社団法人北海道農業サポート協会」が今年7月に設立された。北海道農業をいかに活性化させるのか、その処方箋を同協会代表理事の大沼康介氏に聞いた。
(聞き手=湯朝肇・札幌支局長)

TPP交渉で岐路に/農協への不信感募る

第6次産業化を推進/商品開発や販売開拓提案

400 ――今夏、農業支援団体「北海道農業サポート協会」を設立されたということですが、その狙いと経緯についてお話しください。

 現在、道内の自治体や北農・ホクレンなどの農業団体はTPPに対して強く反対しています。仮にTPP交渉が妥結し、コメや砂糖などの農産物が自由化されれば北海道農業は壊滅してしまうと叫んでいます。しかし、北海道農業はすでに危機的な状況に置かれています。例えば、酪農を含めて農家の担い手不足が深刻化しています。

 加えて、今は農家の担い手の高齢化が進み、後継者がいない。借金はかさむものの収入が増えず、離農する農家が後を絶たないというのが実情で、このままいくとTPPとは関係なく北海道農業は立ちいかなくなるという現実を抱えています。

 一方、農家の間には、農協に対する不信感が募っています。農協はこれまで一軒ごとの農家に対し生産から金融、販売、福利厚生などすべての面で面倒を見てきました。ある意味で農家を抱え込んでいたわけですが、最近では「農家の声や意見が届いていない」という話をあちこちで聞きます。例えば、ある町では10億円かけた農協の新社屋が完成しました。しかし、その町の農家の人は、新社屋建設の話は聞かされていなかったといいます。「経営難で立ちいかなくなって離農する農家が増えている中、何で10億円の新社屋なんだ」というわけです。農協の理事役員の決議でのみ全ての話が進んでいるのではないか、という不信感があるわけです。

 もっと言えば、「いずれ農協は、我々のような中小農家を切り捨ててしまうのではないか」という不安さえ持っています。

 私自身、これまで農業分野での仕事に携わっていく中で、農家の人たちの率直な声を聞いてきました。また、既存の農協を介さずに自分たちで農業生産法人を作り、新しい農業をつくっていきたいという人たちの声も多く聞いてきました。もはや農協一辺倒の時代ではなくなったと感じます。

 ただ、新しく農業生産法人を作るにしても農家の方1人でできるわけではありません。準備は生産から流通・販売・金融さらには人材の確保まで多方面に及びます。これまで農家は農協だけを相手にしてきましたが、いざ自立するとなれば企業との交渉も必要になってきます。従って、そうした自立を目指す農家をサポートする体制を作りたい、という思いから当協会の設立を考えたわけです。それが北海道農業を活性化する道になると確信しています。

 ――協会の役員の方はどのような方で構成されていらっしゃるのでしょうか。また、具体的にはどのような事業をされていくのでしょうか。

 当協会の役員は、農業コンサルタントや税理士、デザイナー、マスコミ、社会保険労務士など8人で構成されています。具体的な事業としては農業の6次産業化に向けて商品開発や販売開拓を提案していきます。また、法人化を進めていくうえでの農家の経理や外国人研修生の受け入れなどに関わる労務管理なども担っていきます。例えば、私はマーケティングが専門なので、農産物や乳製品などの販売はお手伝いできるかなと思います。

 一方、進めているプロジェクトとしては酪農地域の再編事業に取り組んでいます。北海道は酪農も一つの基幹産業になっています。その一方で酪農から手を引いて離農していく農家もあります。そうした離農の受け皿としての事業を進めています。例えば、道北や道東の酪農風景は北海道を代表する景観になっていますが、単に乳牛を育てるだけでなく、景観を含めて観光客が満足するような施設を備え、乳製品の加工から販売を進めていく。そうした一つの酪農観光地の形成を目指していきます。

 ――現在、政府は「日本再興戦略」の一つとして「攻めの農林水産業の展開」を提唱しています。当協会の設立は、そういう意味では時流に適(かな)っているとも思えますが。

 政府が打ち出した「攻めの農林水産業の展開」の柱として、農業委員会・農業生産法人・農業協同組合の一体的改革と酪農の流通チャンネルの多様化、さらには農業の6次産業化・輸出の促進を掲げています。ちなみに最近、全中(全国農業協同組合中央会)の解体が話題になりましたが、農家がもっと自由に活動できるシステムを構築しなければならないのは事実です。

 これまで北海道は全農―ホクレンー農家という系列の中で動いてきました。しかし、日本農業を取り巻く環境が激変している中で旧来のシステムは通用しなくなっているばかりか、弊害になっていると言っても過言ではありません。結果として担い手の高齢化、後継者不足、離農の増加という現象が起こっているわけです。

 その一方で、我が国の消費者の食は多様化し、輸入農産物がたくさん出回り、食料自給率は40%前後となっています。従って、そうした状況を克服することのできるシステムが今こそ必要で、そのためには一つの系列ではなく、農家が自由に選べるように系列を増やすことが重要になってきます。

 酪農の流通チャンネルの多様化もその一つで、これまで指定生産者生乳団体が独占していた生産者から乳業メーカーへの卸を生産者が直接メーカーに販売することができるようになれば、もっと安価でいい生乳を卸すことが可能になります。

 ――消費者の食の安全志向は強まっていますね。輸入品への不安も拭うことができません。

 TPPで海外から安い農畜産品が入ってくると北海道農業はつぶれる、という人がいます。確かに、安い農畜産品を買う人は増えるでしょうが、それで北海道の農業が消えるということはないでしょう。

 現にスーパーなどを見ても安価な外国産肉が売られていますが、北海道産の肉も十分に売れています。やはり、安全性やおいしさなどの側面で北海道産の肉を好む方が多いということです。道民はやはり、生産者の顔が見える安全でおいしい食品を口にしたいと考えていると思います。

 ただ私は中長期的に今後の世界の急激な人口増に農産物の供給が間に合うか、ということを危惧しています。TPPでは農産物の輸出入にかかわる関税について話し合いを進めていますが、世界的な食糧不足が恒常化していくと、農産品の輸出入の話ではなくなります。

 そうした事態に対応する農業というものを今から考えていく必要があるのではないでしょうか。

 おおぬま・こうすけ 大沼氏は2005年に財団法人北海道農業企業化研究所(HAL財団)に入社し、企画業務部門の業務推進部長として、農業と企業の連携を深める業務に就いてきた。また、農業活性化拠点を設置するなど都会と田舎の連携にも取り組んでいった。そうした中で、満を持して今回の「協会」設立となった。本人は「大海に飛び込んだ気分」というが、「北の大地に新しい農業の形を一つ一つ作っていく」と意欲的に語っている。札幌出身。44歳。