米上院がチベット支援決議

ペマ・ギャルポ5拓殖大学国際日本文化研究所教授 ペマ・ギャルポ

中国による干渉を拒否
ダライ・ラマの訪米招請も

 今回は久しぶりにチベット問題について若干報告したい。まず良いニュースとしてアメリカ合衆国の上院議員が4月25日、与野党満場一致で、チベットの1959年3月10日(チベット決起の日)から今年で59年目の記念日としてこの日を「チベットの権利の日」と定め、チベットを支援する決議を採択、チベットの輪廻(りんね)転生制度に関してチベット文化の特有性を認め、中国がダライ・ラマ法王の輪廻転生に干渉することを拒否することを決めた。

 北京政府は先のパンチェン・ラマの転生者を拉致し、6歳から現在に至る23年間拘束し、今でも生存すら確認できずにきたが、今年になってダライ・ラマ法王は法王が認証したパンチェン・ラマは健在で普通の教育も受け生活をしていると述べられた。しかし公の場には姿を現しておらず、北京政府はあくまでも当局が選んだパンチェン・ラマを民衆に押し付けようとしており、2016年までに各層の活仏を数百人認証している。そして近年は第14世ダライ・ラマ法王の継承者問題についても北京政府が関与する姿勢をさまざまな方法でアピールしている。

 これに対しダライ・ラマ法王ご自身は、11年に政教分離を行い政治的地位から退き、一切の政治的な役割と権限を亡命先のチベット人が民主的に選んだ首相(最近はPresidentとも呼ぶ)に譲った。また法王はご自分が健在のうちに摂政を自ら決めると語ると同時に、ご自分の転生者つまり第15世ダライ・ラマはチベットにとって有益であり、チベット民衆の総意であればチベット人に限らずチベット仏教の信者つまり外国人や女性をも含め後継者になり得るとも述べている。

 チベット仏教の法王である立場は、チベット仏教徒すなわちモンゴルやブリヤート、カルムークやヒマラヤ地域に拡散しているチベット仏教徒は言うに及ばず、近年、仏教徒が増加しているヨーロッパやアメリカなどの信者にとっても最高の権威であり、特に今の14世は多くの人々から敬愛されている。中国政府はダライ・ラマ法王の転生者の選考の主導権を握れば、チベット問題も自分たちの意のままになると考えている。その観点から考えると今回のアメリカ議会の決議は北京政府に対し強いメッセージになったと思う。

 最近、駐インド・アメリカ大使がわざわざ亡命政府の本部のあるダラムサラの法王を表敬し、年内のアメリカ訪問を要請した。これらの動きはアメリカの外交安全保障などに大きな影響力を持つ国家安全担当補佐官にボルトン氏が就任したことと無関係ではないだろう。16年の大統領就任後から昨年はトランプ大統領と法王の会見も実現せず、一時は亡命政府に対する補助金もカットされたが、議会の強い働きで復活した。このような経緯から考えると前述の出来事はチベットにとっては吉報であると言えよう。

 一方、大変残念なのはチベットのアムド地方においてチベット語の教育を要請したタシ・ワンチュク氏(32)は2年間拘束された後、去る5月22日の裁判で5年間の監獄暮らしの判決が下された。今回の裁判で検察当局は彼の罪はチベット語を教えるように地方の行政官に訴えたことのみならず、外国の記者のインタビューに応じ、祖国の分裂を図ったとしたものである。1979年以来、胡耀邦の時代からチベット語を教えることには柔軟な姿勢を取ってきたが、最近は逆戻りしているようである。

 今週、同じアムド地方のある学校の運動会(2日連続開催)でも、今までは中国語とチベット語を併用した場内アナウンスが、今回は中国語だけの放送だったようである。これを教員や保護者の一部が問題視し当局に訴えたため、翌日は改めてチベット語でも放送したようだが、抗議した人々は現在調査の対象になっているらしい。

 北京政府はこのたびインドのアルナチャル州国境付近の山脈で約6000億ドルを見込める金の宝庫を発見し、現在発掘活動を開始していると報道した。本来であればこのニュースは全チベットが喜ぶべきニュースであるかもしれないが、今多くの人々が危機感を覚えている。なぜならこの小さな町に既に地方の行政官たちが把握できないほどたくさんの中国人が流れ込んでおり、さらに成都あたりから来た商人が食堂や雑貨店を開いているからだ。政府は地質学者などの長期調査の結果、この地域の山脈に金の他にレアアースなども豊富にあることが判明したとしている。また採取した鉱物を中国本土に輸送するための道路整備、インフラの拡充に多額の経済投資をしている。

 これらのインフラ整備の拡充は究極的にはインド国境における軍備増強につながるのではないかとする専門家もおり、香港の新聞などでは実際、政府の発表ほど金が無いかもしれないが、チベットに多量の中国人を送り込み昨年73日間ブータンとの国境でにらみ合いが続いたインドを念頭に入れた軍備増強である可能性が高いと指摘している。4月下旬、急遽(きゅうきょ)首脳会談を行ったモディ首相と習近平主席が、両国の緊張緩和に対する約束を交わしたばかりなのに、中国のこのような行動は普通に考えると中印関係を一層悪化させる行為としか言えないだろう。