深刻化するアメリカの分断
アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき
大統領VSカリフォルニア
グローバル化阻止か促進か
とにかく力で押し通す。弱い立場の者に平身低頭煽(おだ)てられるのを楽しみ、理解を示すようなふりをするが、歩み寄る気持ちは全くなく、いかに重要な同盟国であろうともさっと足をすくう。トランプ米大統領の交渉術流儀である。イラン核合意(包括的共同行動計画〈JCPOA〉)からの離脱はまさにこの典型であった。
戦後ともに世界秩序を築き、守り、熱い戦争をすることなく冷戦に勝利することに貢献した英国、ドイツやフランスが提示した新たな合意に全く耳を傾けなかった。マクロン仏大統領を初の国賓として大歓迎し、何度も抱き合い、手を握り合った直後であった。パリ協定(地球温暖化対策の国際的枠組み)からも離脱し、エルサレムにアメリカ大使館を移転することでエルサレムをイスラエルの首都と認知するなど、次々とこれまで国際社会が築いてきた体制にひびを入れている。今アメリカの欧州における最も近い同盟国とアメリカの関係は破局に近いとまでいわれる。
歩み寄りの余地のない戦いはアメリカの同盟国とだけではない。最大のブルー・ステート(民主党の色青の州)であるカリフォルニアとトランプ大統領は、あらゆる分野で激しく対立している。ツイッターをはじめとしたソーシャルメディアから裁判所まであらゆる手法を用いての戦い方、全く相手を理解できないかのような溝の深さは、まさに今のアメリカ社会が抱える深刻な分裂を表している。
カリフォルニア州は大きさではアラスカ州、テキサス州に次いで3番目であるが、約4000万という人口は50州中最多。そして約2・8兆ドルという経済規模はアメリカの州の中で最大であるばかりか、独立国家であれば、世界の中で第6位に相当する。グーグルからマイクロソフト、フェイスブックなど世界に名だたるハイテク企業、防衛関連企業や航空宇宙企業、大学からシンクタンクまでが軒を並べている。人口の27%が海外生まれ(2016年)であり、白人以外にアジア系、ラテン系とあらゆる人種の、そしてコンピューター・エンジニアリングから農作業に従事する人々まであらゆるスキルの人々がカリフォルニアを形作っている。移民の国アメリカ、努力で道が開けるアメリカ、新しいアイデアが生まれ、そこにお金が付き、スタートアップ企業が次々と芽を出すアメリカ、グローバル化を促進するアメリカ。そうしたアメリカを体現するのがカリフォルニア州である。
一方「トランプのアメリカ」はその対極にある。ワシントン・ポストのベテラン政治記者、ダン・バルツ氏など多くのアメリカ政治専門家が16年の大統領選挙で誰がトランプ候補に投票し、彼らは今大統領をどう評価しているかを追跡調査している。調査はオバマ氏を大統領に選んだ、あるいは伝統的に民主党系の地区だが16年にはトランプ氏に投票した有権者の考えをインタビューなどを通し浮き彫りにしている。幾つかの調査に共通するキーワードは「尊敬」である。トランプ氏に投票したアパラチア山脈一帯や中西部の人々は、アメリカの他の地域、特に太平洋や大西洋に面した沿岸州の、金融やハイテクを用い、伝統的社会体制や宗教を振り捨て、グローバル化というまるで新たな信仰を掲げる人々に取り残され、バカにされていると感じている。そして空約束をする政治家に嫌気が差し、社会常識に反しても思ったことをぽんぽん口にし、イラン核合意からの離脱など選挙公約を守るトランプ大統領は自分たちの理解者と固く信じている。
大統領は就任早々、環太平洋連携協定(TPP)から離脱、イスラム系人口が多数を占める一部の国からの入国者を制限しようとし、未成年で親に連れられ入国した人々も含め非合法移民の強制退去政策を進め、中絶を制約しようとしている。輸入鉄鋼・アルミニウムに関税を課し、国内の石炭石油採掘、パイプラインの建設を進め、海底油田採掘禁止を条件付きで認めた。
一方、カリフォルニアでは移民が政治、文化、経済に幅広く貢献し、企業は自由貿易、グローバル化の下に繁栄している。中絶は女性の権利とみなし、無神論者が増えている。沿岸が石油流出で被害を受けた経験から石油採掘は自然環境破壊とみなす。カリフォルニアのトランプ政策に対する反対は広がるばかりである。対立の項目、状況、「勝敗」を列記した専門サイトまで生まれている。しかし、逆に大統領の政策は同氏を選んだ人々の支持を得ている。そしてトランプ大統領を支持し続ける有権者の情熱はますます熱い。
トランプ支持者と「カリフォルニア」的人々は全く違う宇宙に生存している。トランプ支持者の追跡調査は、16年の選挙以来子供たちが離れていった、いまだに口を利かない友もいるといった逸話も紹介している。ワシントンでもよく聞く話である。
アメリカ社会の分断はトランプ大統領がもたらしたものではない。技術革新や人口の変動とともに徐々に鮮明になってきていた。しかし混乱や対立を生むことがトランプ大統領のアート・オブ・ディールであり、憤懣を煽り、分断を生むことが支持を得続ける鍵である。トランプ大統領の下、違った宇宙に住む二つのアメリカの分断はますます深刻になる。
(かせ・みき)