対露防衛体制の弱点は大統領

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき

選挙介入の事実を軽視
米の民主主義守る対策取らず

 アメリカの司法省は2016年の大統領選挙に不当に介入し、トランプ候補(当時)を支援した容疑でロシア人13人およびロシア3企業を起訴した。ロシアによるアメリカの選挙への介入疑惑を調査しているロバート・モラー特別検察官の調査報告に基づくものである。

 ロシアが16年の米大統領選挙に介入したことは、17年1月に国家情報長官が公開した機密解除版報告書ですでに明らかになっていた。同報告書は連邦捜査局(FBI)、中央情報局(CIA)、国家安全保障局(NSA)が収集した情報からプーチン・ロシア大統領が16年の米大統領選を操作することを命じたことに「非常に高い確信」があるとしている。

 しかし、モラー特別検察官の調査は、初めてそれがいかに行われたか、関係者、膨大な予算ばかりでなく、その手法も細かく暴いている。13年に創設されたインターネット・リサーチ・エージェンシーは何百人ものスタッフを雇い、アメリカの大統領候補、そして政治制度への不信感を植え付ける活動を続けてきた。フェースブック等ソーシャルメディアに偽のアカウントを開き、うその情報を流し、アメリカの有権者を欺き、移民問題、人種問題など国民を分断する問題を利用し扇動した。最終目的はヒラリー・クリントン民主党候補に泥を塗り、ドナルド・トランプ共和党候補が選出されることであった。

 本起訴状が公開される直前に開かれた上院情報委員会の公聴会では、レイFBI長官、ポンペオCIA長官、コーツ国家情報長官、アシュレー国防情報局長官、ロジャースNSA長官、カルディロ国家地球空間情報局長官が、ロシアが選挙に介入したという17年の報告書の内容が信頼に値するものであると改めて証言した。また起訴状が公開されたのち、マクマスター国家安全保障担当補佐官は、ロシアが選挙介入したのは「議論の余地はない」と述べている。

 アメリカが認識しているロシアの脅威は選挙介入だけではない。先に発表になった国家防衛戦略ではテロ戦争が始まって以来続いたイスラム過激派との闘いではなく、大国との競争こそが米国の国家安全保障戦略の最重要課題として据えられた。大国とは中国とロシアを指している。

 一方、今月発表となった核態勢の見直しでは、米国が核兵器削減に努力してきたにもかかわらず、中国やロシアはその増強を図っていると指摘している。敵の攻撃手段にはサイバー攻撃も含まれ、サイバーで重要なインフラ設備などが攻撃された場合の核使用も検討されている。また既存の核兵器の維持だけでなく、新世代の低出力小型核兵器の開発・製造の必要性も述べられている。特に潜水艦発射の弾道ミサイル搭載用の低出力核弾頭の開発が注目を浴びたが、これはロシアが核兵器開発・配備により重点を置くようになり、核弾頭搭載の長距離魚雷を開発したとされることがその背景にある。

 マティス国防長官はジョンズ・ホプキンス高等国際関係大学院で行った演説で、中国とロシアといった修正主義的大国からの脅威が増していると述べ、米軍は強力であるが陸、海、空、宇宙、そしてサイバー空間というあらゆる分野で、競争力が落ちていると警告を発している。そして米軍が守るものは、アメリカ人の生き方や地理的領土だけでなく、理念など幅広いアイデアであることを強調した。

 軍事、諜報(ちょうほう)、司法の責任者たちはこぞってロシアの軍事的そして民主主義体制への脅威を繰り返し述べてきている。ロシア人と企業の起訴を発表したローゼンスタイン司法副長官は、ロシアは米国内に分断を招き、人々の民主主義に対する信頼を失墜させようとしている、と述べ、ロシアの目的が1回の大統領選挙を操ることより、はるかに抜本的であると警告を発している。

 米軍がロシアの軍事的脅威やサイバー攻撃への対応を練っているように、選挙への不当介入を防ぐために官民合同のタスクフォースの設立、諜報機関の協力体制の見直し、選挙安全保障法の法制化や選挙インフラの強化などさまざまな対抗策が提案され始めている。 しかし、省官庁の指揮系統を変更したり、分裂する議会から超党派での協力を得たりするという今のアメリカでは不可能に近いことを実現し、国を挙げて大規模な民主主義制度への安全保障対策を打つには最高司令官である大統領の指導力が必須である。

 ところがトランプ大統領はずっとロシアの選挙介入を否定し続け、ロシアのプーチン大統領が介入を否定したのを信じると述べてきた。起訴状発表後には、介入は選挙結果に影響を与えなかった、ロシアとトランプ陣営の結託はなかった、結託はロシアと悪者ヒラリーや民主党との間だと怒りのツイートを発し続けている。

 トランプ大統領はアメリカの選挙体制への攻撃、国民の自由民主主義への信頼の喪失ではなく、ロシアの介入という事実が選挙結果の正当性に影を差すことにのみこだわっている。その間に中間選挙への介入は続き、国民の選挙制度や政府、伝統的メディアへの不信感は募り、アメリカの民主主義体制にはひびが広がっている。

(かせ・みき)