外交力を破壊する米大統領
アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき
ハードパワーのみ重視
あまりに影が薄い国務長官
エクソン・モービルの元最高経営者であったレックス・ティラーソン氏は大物国務長官になり、マティス国防長官とともに外交安全保障経験が皆無であるトランプ米大統領に思慮深い、大人のアドバイスを与えることが期待されていた。
しかし2月初めに就任して以来、ティラーソン長官や国務省の影があまりに薄いことがワシントンの政治・外交筋、そして専門家の間の心配の種になっている。ティラーソン氏は国務長官に就任時に国務省のスタッフに向けて演説をした以外は一度も国内で演説をせず、単独記者会見は行わず、国内の共同記者会見での質問は受け付けず、国務長官なら恒例と言える日曜の討論番組にも一切出演しない。
自由闊達(かったつ)なメディアとの質疑応答に不慣れである、あるいは性格的に注目を浴びることが苦手である、アメリカの外交政策の歴史や中身、政策施行過程を学びつつある、トランプ大統領が醸し出す混乱の後始末に追われている、などさまざまな理由が挙げられている。
こうした背景は確かにあるだろう。しかし、より肝心な問題は、トランプ大統領は外交官が時間をかけ、ネットワークを構築し、収集した情報や経験をもとに交渉を重ね、双方に有益な道を探るいわゆる外交にまるで価値を置いていないということである。
ティラーソン国務長官が大統領と他国の指導者との会談に同席していないこと、重要な政策議論に加わっていないようであるのは同氏の長官就任以来ささやかれていた。大統領の安倍首相、トルドー・カナダ首相、ネタニヤフ・イスラエル首相との会談に国務長官の姿はなかった。マイケル・フリン国家安全保障担当補佐官(当時)が、イランのミサイル実験後、「イランに警告した」とアメリカがイランに最終通告でもしたかのような発表をしたが、ティラーソン国務長官や国務省の専門家と事前協議が行われた様子はない。
トランプ大統領のイスラエル・パレスチナ二国家政策を覆し、アメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移転するといった発言は、イスラエル・パレスチナばかりでなく、地域全体や国際連合、国際社会にも大きな衝撃を与えたが、中東和平政策のカギを握っているのは、国務省ではなく、トランプ大統領の娘婿でユダヤ教徒であるジャレッド・クシュナー氏であるのは誰もが認めるようになっている。
トランプ大統領とティラーソン国務長官の関係は礼儀正しく、定期的に食事をしながら会談もすると報道されているが、決して親しいわけではない。ティラーソン氏はトランプ大統領の国務長官としての第一候補ではなく、第二候補ですらなかった。他の候補者たちに断られた後に共和党の安全保障分野の大物で国防長官や国務長官を歴任したロバート・ゲーツ氏に推薦された人物であった。
大統領は、国防長官にマティス将軍を指名した際には、支持者たちの前ですごい人物を選んだと大宣伝したのに比べ、ティラーソン氏に関しては同氏を高く評価することもなく、共に政策を検討しているというふりすらしない。
アメリカの敵を克服する、特にイスラム過激派の軍事力を破壊するだけではなく、平和で安定的な環境を築くには、ハードパワーとソフトパワーの両輪が必要である。オバマ政権時代、ゲーツ国防長官はクリントン国務長官との協力体制を築いたが、トランプ予算の発表後には、米中央軍の司令官と米アフリカ軍の司令官がそろって軍事対応のみでは足りず、アメリカのあらゆる力を総動員しなくてはならないと議会で証言している。
しかし、トランプ大統領がハードパワーのみを重視し、ソフトパワーには価値を置いていないのは「アメリカ・ファースト」予算と呼ばれだしている2018年度予算が如実に表している。国防総省の予算が540億㌦、今年度比9%増加、その他国土安全保障省と退役軍人省の予算が増加される以外は一括削減となっているが、中でも削減率が多いのが、環境保護省31%と国務省28%である。削減率の高さは共和党議会からも批判を浴びているが、ティラーソン国務長官は国務省の威信や予算の復活のために戦っている様子が見えない。
ティラーソン氏は外交・安全保障に深く関与するベテラン議員やシンクタンクなどの専門家、他国の外交団などにネットワークがあるわけではない。そうした人々と協力関係を築いている様子もない。大統領と他国の指導者との会談に同席せず、大きな政策にも関わったり影響力を発揮したりする様子もなく、大統領からも高く評価されている証しもなければ、こうした人々はあえて国務長官と関係を築こうとはしない。そして逆に伝統的外交筋との強い絆や支持基盤、そうした人々への影響力がなければ大統領からの評価も上がらないことになる。
アジア歴訪は、国内外に国務長官としての立場を確立する機会であったが、中国で相互に尊敬し合う関係を築くと述べ、中国に迎合し過ぎたという批判とともにトランプ大統領の姿勢との違いに焦点が当たった。そして国務長官の発言はアメリカの政策であるのか、という疑問がさらに膨れた。このままではティラーソン国務長官、そして国務省の立場は弱体化の悪のスパイラルに陥るのが心配される。
(かせ・みき)