トランプ氏の大統領令の正当性

浅野 和生平成国際大学教授 浅野 和生

公約実行のための手段
印象操作行うマスメディア

 トランプ大統領が、1月20日の就任以来、選挙戦中の公約を実現させるために次々に大統領令を発したことで世界の耳目を集めた。トランプ大統領にしてみれば、これは公約の実現であって、何か突然の思い付きを執行しているわけではない。政権をとった政治指導者が公約を早期に実行に移すことは、民主主義政治では当然のことである。トランプ大統領は通例通りに公約を実施するに当たって、その手段として大統領令を使っただけである。

 したがって、「トランプ大統領は何をするか予測がつかない」という評論は全く的外れである。ただ、トランプの政策は、従来のアメリカ政治の路線と異なっており、政治的エスタブリッシュメントの常識と合致せず、先進国クラブの大勢が期待した路線ではない。このため、その定型的思考の枠から出られない人は「予想がつかない」と勘違いしているのである。

 今回の大統領選挙では、トランプの敵は民主党のヒラリー・クリントンだけではなく共和党のエスタブリッシュメントたちでもあった。二大政党のエスタブリッシュメント層は押しなべて反トランプである。そして反グローバリズムを主張するトランプは、グローバルに活躍する多国籍ないし無国籍企業や、同じく多国籍ないし無国籍的メディアの敵でもある。

 普通なら、こういう人物は予備選挙段階でつぶされるのだが、トランプは生き残り、あまつさえ大統領に当選した。その背景には、メディアの世界の変化がある。トランプ砲と揶揄(やゆ)されるツイッターなど、既成メディアとは異なるルートでトランプの主張は有権者に届けられ、それに反応した有権者によってトランプは大統領に就任した。

 だから、当選決定後、就任式以後でも、トランプ大統領はメジャーなメディアを敵に回すことを恐れない。これに対して、当然、メジャーなメディアはトランプを敵視し続ける。したがって、トランプ大統領に関しては、メジャーなメディアの世界に客観中立的な報道は成り立たない。さらに、日本のメディアは、CNNなどのアメリカのメジャーなメディアの情報を尊重しているから、おのずと反トランプの報道になるはずだ。

 トランプ大統領の矢継ぎ早の大統領令を紹介するのに、1月29日(日曜日)の朝のある民放の報道番組は、「大統領令」の説明として過去の実例を挙げたが、それは1942年にルーズベルト大統領が発した大統領令9066号のことで、これが日系人の強制収容に道を開いたと紹介した。これでは、「大統領令」が大統領のかなり特別な権限行使だとの印象を与えたであろう。

 実際には、オバマ大統領は2014年11月26日、感謝祭の料理として大統領の食卓に上るはずだったチーズとマックと名付けられた2羽の七面鳥を「恩赦」するために、「私の法的権限の範囲でできる全てを行使する」と「大統領令を発表」したことがある。これはジョークとしても、そもそも大統領令は、クリントン政権で364本、ブッシュ政権で291本、オバマ政権で276本発せられている。この50年間では、少ないときで年間30本、多いと80本ほど、つまり4、5日に1本から10日に1本程度出される普通の行政命令である。トランプ大統領の大統領令発出を、特別なことのように伝えた報道は、視聴者の誤解を誘発しようとする意図があったのではないかという疑念を禁じ得ない。

 アメリカとメキシコの国境に壁を造る話もそうである。海外旅行を経験した人なら誰でも知っているように、出入国の際にはパスポート・チェックが行われ、不法な入出国は許されない。また、不審物の持ち込みが疑われれば、徹底的に持ち物が調べられる。そしてテロの危険が高い国ほど、そのチェックは厳格なので、ロンドンのヒースロー空港では靴を脱がされたり、ベルトを外させられたりすることが珍しくない。メキシコとアメリカの間でも、人の移動については基本的に他と変わらない。つまり規制されるのが普通で、違法移民が許されるとすれば異常である。しかしなぜか、メキシコからアメリカに流入する不法移民を防ぐために壁を建設する話になると、異常なことのように論じられる。

 トランプ大統領は、大統領選挙人投票で304対227の大差をつけてクリントン候補を破って当選した。民主主義においては手続きの尊重が重要だが、トランプ大統領は正当な手続きによって誕生したのである。長い選挙の手続きを経て、アメリカを代表する立場を勝ち得たトランプ大統領が、選挙戦を通じて語ってきた政策を実施しているのだから、その政策遂行には民主主義的正当性があると言わねばならない。街頭で叫ぶ反対派がアメリカを代表しているわけではない。

 一般のアメリカ人が見ているトランプ像は、メジャーでないメディアとインターネット交流サイト(SNS)も加味されているから、日本のメディアを通じてみるトランプ像とは異なっている可能性が高い。日本人のトランプ像には修正の余地があるのではないか。

(あさの・かずお)