米新政権の親イスラエル派
中道右派のクシュナー
極右派代弁するフリードマン
親イスラエル色を鮮明にしつつある米トランプ新政権。その舵(かじ)取り役はトランプから厚い信頼を寄せられている娘婿のジャレド・クシュナー(1981~)だ。彼は大統領選期間中にはトランプとイスラエル政府とを結ぶ仲介役を果たしてきた。昨年9月にトランプとネタニヤフとの会見が実現したのも彼のお膳立てのおかげだった。11月に政権移行チームが発足すると「トランプの目・耳」としてこれに加わり、新政権人事に発言力を強めていった。クシュナー本人に対しては中東特使への指名も噂(うわさ)されているが、当面は「無官・無給の助言者」として、非公式にトランプに影響力を行使する道を選ぶものと推察される。公職就任に伴うビジネス上の損失があまりに大きいからだ。11年前、家業の不動産業を継承した彼は35歳にして、全米に数千戸もの集合住宅を所有する不動産王なのだ。ホロコースト難民を祖父母に持ち、正統派のユダヤ教学校卒業生でもある彼のユダヤ人意識に揺るぎはない。
慎重な彼は中東紛争に関する自身の立場についてこれまで、公の場で明言を控えてきた。しかし、幾つかの断片的情報から彼の立場が浮かび上がってくる。それは例えば、クシュナー家設立の財団が昨年後半、ヨルダン川西岸の占領地にあるユダヤ人入植地に多額の献金を行った事実。次にネタニヤフ率いるリクード党の幹部で現エルサレム市長ニル・バルカトと親交を保っている事実。
バルカトはエルサレムへの米大使館移転論者として知られている。さらにネタニヤフと近しいイスラエルの公職者がクシュナーを同盟者と見なしている事実が上げられる。そうしたひとり駐米大使ロン・デルマーは「クシュナーがイスラエルの安全保障に強い責務を抱いているのは間違いない」と語り、期待を明らかにしている。以上の情報からクシュナーが中道右派の現ネタニヤフ政権の路線をおおむね支持してゆくものと推察できるのだ。
これに対し、一層タカ派のイスラエル極右の立場をトランプ政権内で代弁する役回りを担うのが、トランプによりイスラエル大使に指名された流暢(りゅうちょう)なヘブライ語話者、デービッド・フリードマン(1958~)である。指名理由は両者が親しい友人関係にあり、また、トランプが長年にわたり築き上げたユダヤ人脈の要にフリードマンが位置しているからだ。破産法専門の弁護士フリードマンは2001年以来、経営破綻したトランプのカジノの破綻処理と立て直しに手腕を発揮し信頼を勝ち取ったのだ。両者がどれほど親しい間柄にあるかを示すエピソードもある。ロングアイランドの高名な正統派ユダヤ教の導師だったフリードマンの父が死んだ時、大雪の嵐の中、お悔やみの言葉を述べるためにトランプは3時間もかけて訪ねたそうだ。
さらに重要な指名理由は共和党を支持する米ユダヤ・トップ人脈の意向であろう。イスラエル右派指導層と親密な提携関係を維持する一方で、Jストリート等、リベラル派の在米ユダヤ・ロビーとの面会を拒否するフリードマンの志操堅固ぶりが評価されたのであろう。彼は西岸占領地に所在するユダヤ教神学校を維持するために年間200万㌦の金を集める在米支援組織の会長を務めている。
この神学校は入植地からの立ち退きを断固拒否する宗教シオニスト育成の拠点となっているのだ。彼はユダヤ教の大祭をエルサレムに所有する自宅で過ごす篤信の正統派ユダヤ教徒だが、自宅購入の逸話も興味深い。購入の決断を下したのが02年、11人ものイスラエル市民の命を奪ったエルサレム市内のカフェ爆破事件の当日だったというのだ。
パレスチナ人による自爆テロが猛威を振るい、多くの人々がエルサレム訪問に尻込みを見せる中、テロに屈せぬ宗教シオニストとしての矜持(きょうじ)を示してのけたのである。
パレスチナ・イスラエル紛争をめぐるフリードマンの立場は二国家分立案を渋々認めるネタニヤフより、よほど強硬だ。パレスチナ国家樹立に断固反対し、将来パレスチナ側が国家樹立を希望している領土の一部に対してさえもイスラエルによる併合を支持。また占領地での新たなユダヤ人入植活動の継続を支持しているからだ。このようなフリードマンの「大使指名」をどう読み解くべきか。それは紛争解決策としてのパレスチナ国家樹立を支持し、イスラエルによる西岸占領を違法と見なす長年にわたる米国務省の公式見解(それはオバマ政権の見解でもあった)からの決別を新生トランプ政権が始めようとしているシグナルとは言えまいか。先月23日、西岸占領地でのユダヤ人入植活動を非難する決議が国連安全保障理事会で採択された。この時、オバマ政権が拒否権を行使せず棄権に回るという異例の挙に出たのもトランプ側の先のシグナルに対する牽制(けんせい)の意味があったというわけだ。けれど退任間際のオバマにはそれ以上の意趣返しはできない相談だ。新生トランプ政権をイスラエルとの関係強化に導く、クシュナーとフリードマンの次なる布石を注視してゆきたい。
(さとう・ただゆき)