対中対峙の持ち札弱い米国

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

300領土問題でやっと反撃

結束必要なアジアの同盟国

 中国の習近平国家主席は、着々と権力を掌握し、アメリカの専門家たちからは、鄧小平以来の強く、またヴィジョンのある指導者と見られるようになっている。これまでは党指導部でも保身のために決して手出しができなかった公安の大物、周永康前中央政治局常務委員・中央政法委員会書記をも汚職で追い詰め、自らの政策や意に反する者は容赦しないという警告を発したと見られている。汚職・腐敗退治もふくめ改革促進のための委員会を設立し、治安や安全保障で権限を発揮する国家安全保障委員会の議長に就任した。

 一方、アメリカのオバマ大統領は、打ちのめされたように見える。白髪が増えたばかりでない。支持率や個人への信用は大きく下落した。経済は回復基調にあるものの、国民の64%が経済は悪い状態にあるとみなし(CNN/ORC、2014年1月31日~2月2日調査)、大企業の業績は上がっても、特に製造業の労働者の賃金は実質下がり、経済回復の恩恵を受けているのは国民のわずか1割以下である。

 イラクに続きアフガニスタンから手を引くにも、北大西洋条約機構(NATO)および米軍撤退後のアフガニスタンとアメリカの関係、特に米軍の関わりかたは定まっておらず、アフガニスタンは再びテロリストの温床となりかねない。シリアでの化学兵器の廃棄は始まったものの、内戦の平和的解決は全く先が見えず、自国民を大量に虐殺したアサド大統領は相変わらずその地位にとどまり、周辺国の不安定やテロ育成を助長している。イランの核兵器開発問題に対する包括的解決に向けた第一歩が踏み出されたが、本格的な合意への道は険しい。

 アメリカのアジア・ピボット政策は、この泥沼のような地域と紛争から脱出し、次の時代を担うアジアにしっかり根を生やし、富や安定をともに築き、その恩恵を得ることが目的である。そのために同盟関係を強化し、中国との新たな関係を築き、地域への貿易・投資を拡大し、アメリカの軍事プレゼンスを強化し、民主主義と人権重視を広めようとしている。

 アジア・ピボット政策の一角を担う重要な要素はアジア太平洋地域の自由貿易体制である。環太平洋連携協定(TPP)は、北米から中南米、豪州から東南アジアまで12カ国が含まれ、第2期オバマ政権にとって最重要政策の一つである。しかし、議会、特に民主党の指導層は中間選挙を前に、労働組合など支持層の反対する自由貿易協定を議会で協議するつもりも、ましてや大統領に貿易促進権限(TPA)を付与する気配はない。この権限がなければ、いくらオバマ政権が他国政府と自由貿易協定に合意しても、議会が個別条項に反対し、米政府が再交渉を余儀なくされ、他国にしてもせっかくの譲歩や約束が無駄となる危険性が高い。

 世界貿易量の3割、世界の国内総生産(GDP)の4割を占めるTPP、そして世界のGDPの5割を占める米EU間の環大西洋自由貿易パートナーシップは知的所有権保護の強化など、特に中国が国際問題となっている分野の引き締めも目指している。2大貿易地域とアメリカが厳しいルールのもとに自由貿易圏を築くことにより中国が国際秩序を順守せざるを得ないようにすることも期待されている。しかし、その実現は目途が立たなくなっている。

 アメリカが手足を縛られている間に、中国は領土問題では日本やフィリピンを威圧し、中央アジア諸国とは新たな陸のシルクロードを、東南アジア諸国とは海のシルクロードを築こうとしている。インドやビルマ、バングラデッシュとは経済関係を深めようとしている。一方では安全保障や経済支援、貿易拡大を「えさ」に関係強化を図り、政治・経済的にこうした国々を勢力下に取り込もうとし、逆にのってこない国にはそうした要因が武器ともなる。

 一方、アメリカはここにきてやっと領土問題で中国に対し確固とした立場を取りだした。ダニエル・ラッセル国務次官補が下院の小委員会で「国際法の下では、南シナ海における海洋権益の主張は、地形に基づくものでなければならない」「中国が、地形に基づかず、海洋権益を主張するために九つの点線を(南シナ海に)引くことは、国際法と矛盾する」と証言し、中国が勝手に領土を主張することへ釘をさした。またフィリピンが国際海洋法に基づき中国を国際司法裁判所に訴えることを支持し、2国間ではなく、国際的な機関や法の下で領土問題の解決を図ることを改めて主張した。

 アジア重視と言いながら何も進展がないという批判を受け、改めてアジアに力を入れだしたオバマ政権の必死の反撃である。しかし、アジア地域の安定と繁栄をもたらす枠組みを固め、中国をルールに従う一員としてゆくことは、特に今のアメリカ一国でできることではない。力となるのはアジア諸国のアメリカとの結束であり、特に中国にはない本当の同盟国の協力である。

 中国は逆にアメリカと同盟国の間に亀裂を生じさせ、それを深くしようとする。アメリカのアジア政策が成功するか、中国を国際秩序の枠組みに従わせられるか。アメリカの内政や中東事情にもまして同盟国がその行方を決めるかもしれない。

(かせ・みき)