対中政策の再検討迫られる米政権

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

中東の空白を埋める中国
サウジやイスラエルにも接近

加瀬 みき1

アメリカン・エンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき

 バイデン米政権はサウジアラビアに対し厳しい姿勢を取ってきた。同国出身でワシントン・ポスト紙記者のジャマル・カショギ氏が2018年に在トルコ・サウジ領事館で殺害されたが、これに同国の事実上の為政者たるムハンマド・ビン・サルマン皇太子が関与したと見なしてのことである。

 ムハンマド皇太子がカショギ氏を「拘束あるいは殺害する作戦を承認した」と米国家情報長官室が断定したにもかかわらず、トランプ前大統領はムハンマド皇太子と親密な関係を構築したが、バイデン大統領は、皇太子との接触を拒んでいる。

欠かせぬサウジの協力

 しかし、皇太子の弟であり、殺害工作に関与していたと思われるハリド王子は今月ワシントンに迎えられ、サリバン国家安全保障担当補佐官、ブリンケン国務長官、オースチン国防長官と会談し、両国間の密接な関係構築が図られている。さらにオースチン国防長官はムハンマド皇太子とは複数回にわたり電話会談を行っている。

 人権侵害に厳しいバイデン政権のこうした妥協の裏には、中東における地政学上の計算があると思われる。

 シェール革命により今やエネルギー輸出が輸入を上回るところまできているアメリカにとって、中東はエネルギー供給源としての価値は大幅に低下した。が、イスラエルとパレスチナ間の紛争とイランの核開発および地域での勢力拡大はいまだ深刻な課題であり、問題解決にはサウジアラビアは欠かせないパートナーである。

 しかし、近年これら以上に大きな問題が中国である。アメリカはオバマ政権下でアフガニスタンや中東からアジアへ外交政策の焦点をシフトする「ザ・ピボット」と呼ばれる政策を打ち出し、「永遠に続く戦い」であるアフガニスタンやイラクからの撤退を進めようとした。トランプ政権もディスエンゲージメントを加速した。

 一方、この間に「一帯一路」政策を打ち出した中国は、東南アジアから欧州、アフリカと着々と拠点を築き、貿易関係締結やインフラ投資を進め、中国の資金や技術に依存する国が増えていった。中東諸国も例外ではない。オバマ、トランプ、そしてバイデン政権も焦点をアジアにシフトすることで中東に空白が生まれるのは、中国にとっては勢力を広めるこの上ないチャンスである。

 すでにエジプト、イラン、イラク、カタール、サウジアラビアなどが、「一帯一路」に賛同し、パートナーシップを結んでいる。サウジアラビアやアラブ首長国連邦、クウェートは高速大容量規格「5G」インフラ整備のために中国通信機器大手・華為技術(ファーウェイ)と契約している。サウジアラビアには王毅中国国務委員兼外交部長が訪問し、サルマン皇太子とも面談、総合戦略パートナーシップを結んだ。

 中でもイランと中国の関係はアメリカにとって深い懸念の種である。両国は長年友好的な関係を保ってきたが、トランプ政権がイラン核合意から撤退し、イランに厳しい制裁を課したことで、中国との経済、安全保障関係は急激に深まっている。中国はイラン原油を大量に輸入し、代わりにイランへ通信機器を輸出するほか、金融や港湾などインフラ投資計画を締結している。特にオマーン湾のホルムズ海峡近くのジャースク港の開発は、バーレーンを拠点とするアメリカの第5艦隊の行動を制約しかねない。

 イスラエルですらここ10年余りの間に中国との関係を深めている。先月までモサドの長官であったヨシ・コーヘン氏は、「中国は我々に対抗していないし、我々の敵でもない」、と述べるように、イスラエルは「一帯一路」のインフラ策略や自由貿易協定締結に関心を示している。

中東含めた視点必要に

 自由民主主義秩序への脅威と見なす中国と向き合うために、アメリカの目はアジアに向き、中東への関心は薄れている。しかし、気が付けば中国が中東で影響力を強め、それは中東の石油に依存するアジアの同盟国の弱みを握ることにもなる。中国の野心と中東情勢の変化はアメリカの対中戦略には中東も含めたグローバルで、総合的な視点が必要であることを示している。

(かせ・みき)