対中姿勢を一新した米政権
アメリカンエンタープライズ研究所客員研究員 加瀬 みき
最大の競争相手と定義
自由世界の体制守る覚悟示す
アラスカで行われた米中外相級会談はカメラの前で展開された烈(はげ)しい衝突が注目された。中国の強硬姿勢とそれに断固として立ち向かうアメリカの決意が見え、武力衝突はいつ起こるか、と強い警戒の声も多く聞こえた。しかし、双方が妥協のない本質的立場をはっきりと示し、対峙(たいじ)の在り方を固めたとみることもできる。
ブリンケン米国務長官は、中国の新疆ウイグルや香港、台湾、サイバー攻撃などを挙げ、「中国の行動が、世界の安定を維持するルールに基づく秩序を脅かしている」と非難した。そしてこれらが国内問題ではなく、この問題を提起するのが義務だと感じている、とまで述べた。
楊潔箎共産党政治局員は烈しく反撃した。中国は国連中心の国際システムと国際法に基づく国際秩序を守る、「世界の大部分の国は米国の価値観が国際的な価値観だとは認めていない」と論じた。王毅外相は中国に内政干渉する覇権的な行為は断念するよう要求した。
お人好し米の計算違い
1979年の国交正常化以来約40年間、アメリカは自国が中心となって築いた自由社会の金融経済、商業、通信、調査研究、教育といったグローバル・ネットワークに中国を招き入れるエンゲージメント政策を取ってきた。自由主義体制の中で国際化した中国が、国際秩序の中で責任ある行動を取るようになる、そしてグローバル経済体制の中に統合される過程で中国の権威主義体制が自由化の方向に進む、という期待があった。これは政権により温度差はあっても、狙いは政治的に超党派であっただけでなく、大学、シンクタンク、ビジネス界、マスコミなどでも共有されてきた。
アメリカが国際通貨基金と世界銀行に中国を招き入れたのを皮切りに、中国は次々と多国籍機関の一員となり、2000年には中国は米議会に最恵国待遇を供与され、それに続き世界貿易機構の一員となった。自由主義社会の制度や秩序を利用し、経済大国となった中国は、国際連合内の複数の機関の事務局長ポストを得る等、国際機関でも、世界の多くの国々に対しても多大な影響力を持つようになっている。
しかし、アメリカの期待に反し、中国の権威主義は変わることはなかった。それどころか、大国として自信も付け、マイノリティーや政府・党批判者の迫害、近隣諸国への威圧はより堂々と行われ、常設仲裁裁判所が南シナ海の領有権をめぐり下した判決に従う様子もない。
アメリカは自国とは異なるルールや体質を持ち、覇権国となる野心を抱く国を自らが率いる自由や繁栄を支える制度の一員にしたらどうなるか、また中国と相互依存の関係になったらいかにそれが弱点にもなるかに思いを馳(は)せなかった。一方、自国の社会制度やインフラを整備せず、国民や先端技術等への十分な投資を怠り国力を弱体化したのは、冷戦に勝利した故の民主主義制度の優位性信奉とおごりもあったであろう。
バイデン政権は歴代政権の失敗を含め、こうした過去と現状を直視し、最大の競争相手と定義した中国との長期総合的対策に向かって動き出した。アラスカでの激論で楊氏は、中国型民主主義とアメリカ型民主主義を対比させたが、これで米中対立は全く異なる信条にのっとった制度の衝突であり、相いれないことを明確にした。
新たな「競合」の在り方
アメリカは両国会談の最初に同盟国を含めた世界に対し、米中の衝突の本質をさらし、これまで安定や繁栄をもたらした自由世界の体制を守るために譲らないレッドラインを鮮明にし、同盟国と協調し、時には反撃を恐れない断固とした態度を取る覚悟があることを示した。
会談後、米中ともに温暖化対策など協力の可能性も探っていることを明かしている。しかし、一過性の解決策や中国の利益だけを目的とした歩み寄り姿勢には今後アメリカは応じないだろう。新たに見えだした米中関係は、戦いの在り方の認識という点で冷戦中の米ソ関係に似ているものの、米ソ陣営が個別に機能していたのに比べ、中国は自由主義社会に広く食い込んでおり、関係を排除することも、中国経済をつぶすこともできない。
共存、協力と競争に闘争という複雑な関係を上手(うま)くこなし、自由主義陣営が中国の専制主義にのみ込まれないためには、同盟国の責任も大きい。
(かせ・みき)