モラレス氏亡命、ボリビアに公正な大統領選を
南米ボリビアの大統領選挙で一方的に4選目の勝利宣言をしたモラレス大統領が、辞任に追い込まれた上、メキシコに亡命申請した。
開票作業で不正が疑われる展開があり、これに怒る国民の抗議行動の影響が軍、治安当局まで広く波及した結果だが、これまで危惧されてきた強引な政治手法による政権の長期化と独裁化に審判が下った形だ。公正な政治を取り戻してほしい。
不明朗な形で4選発表
そもそもモラレス氏の今回の出馬自体が憲法規定と矛盾し、4選目に挑む出馬を否定した国民投票結果を無視するもので、理解に苦しむものだった。キューバ、ベネズエラなどとともに南米の反米左派政権の牙城として、13年9カ月余りに及んだ政権の長期化、独裁化を進める多選戦術は弊害を伴った。
ボリビアの先住民初の大統領であるモラレス氏は、2005年に反米左派の社会主義運動党から出馬して当選を果たした。1期目に先住民の権利を高める新憲法の制定を実現し、その中で大統領任期を5年に定めて再選を1期のみ可能にし、新憲法になった後の大統領選から2選されることで3選を果たした。
しかし、4選を狙い始めた時に自らの政権下で制定した憲法が最大の障壁となり、16年2月に4選出馬の是非を問う国民投票を実施したが、反対が過半数を上回った。この際、モラレス氏は結果を受け入れることを表明していたにもかかわらず、17年に憲法裁判所が出馬を可能とする不可解な判断を出すことで今回の選挙に挑んでいた。
モラレス政権下の同国の法治主義が疑われる展開は否めず、また、世論の批判も多かった。与党の社会主義運動党でも憲法規定上の任期を受け入れて後継候補の擁立に動かず、自らの4選に動くモラレス氏に対する批判があった。
10月20日に投開票された大統領選の第1回投票では、開票率84%の時点でモラレス氏は当選の条件の一つである過半数の得票が危ぶまれ、もう一つの条件である次点との差10ポイント以上についても、2位だったメサ元大統領との間でつけることができなかった。
革命やクーデターが繰り返し起きてきた不安定な政情を落ち着かせ、社会主義的政策で最貧国からの脱出に一定の役割を果たしたとは言え、これまで以上の経済発展の足かせになりつつあり、支持離れは明らかだ。
ところが、モラレス氏は勝利宣言を強行し、開票も丸1日公開されなくなり、21日夜になって46・9%対36・7%の10・2ポイント差という中央選挙管理委員会からの発表がなされた。不明朗な形であり、公衆の面前で開票がゆがめられたと有権者が感じたのは当然だ。不正を疑い抗議する国民の批判が爆発し、軍や警察からも引導を渡された。
やり直しを求めたい
今回の抗議デモに、モラレス氏やキューバ、ベネズエラなどの反米左派政権は「クーデター」だと声を上げるが、亡命申請のための言い訳ではないのか。選挙監視に当たった米州機構(OAS)は選挙無効を勧告しており、大統領選のやり直しと公正な選挙を求めたい。