ロシアで進む“プーチン独裁”

リベラル派、ウクライナ大統領選に失望

 ウクライナでコメディアン出身のゼレンスキー大統領が誕生したことを受け、ロシアやウクライナのリベラル派などでは「スラブの国々(ロシア、ウクライナ、ベラルーシ)に成熟した民主主義が実現することはないだろう」と失望感が広がっている。一方のロシアではプーチン政権のイデオローグ、スルコフ大統領補佐官が新たなコンセプトを打ち出し、プーチン体制をさらに強化しつつある。
(モスクワ支局)

エリツィン氏への熱狂を彷彿

 ソ連崩壊に伴い誕生した15の国家のうち、スラブの兄弟国家とされるのが、ロシア、ウクライナ、ベラルーシである。共産主義を捨て新たな国家として出発したが、その道は異なっていた。

ゼレンスキー大統領

ウクライナのゼレンスキー大統領(EPA時事)

 ベラルーシでは、「欧州最後の独裁者」と呼ばれるルカシェンコ大統領が1994年、同国の初代大統領に就任して以来、現在に至るまでその座にある。ロシアの知識人などは、ソ連さながらの「コルホーズ(集団農場)国家」などと揶揄(やゆ)している。

 ロシアでは、旧ロシア・ソビエト連邦共和国のエリツィン大統領が、ソ連崩壊後も引き続きロシア連邦の大統領となった。市場経済化を推し進めたが、新興財閥による国有資産の私物化が拡大。彼らは「セミヤー」と呼ばれる大統領側近らと癒着し、政治経済の腐敗と混乱を招いた。

 これに国民は、プーチン大統領による強権的手法や中央集権化を歓迎した。エネルギー価格高騰による経済成長を追い風に支持率も安定した。しかし、エネルギー価格が下落に転じると景気は低迷し、クリミア併合を受けた対露経済制裁も重なり、国民生活は悪化した。

 一方、インターネット上で大統領側近らの汚職が暴露され、若年層を中心に人心が離反した。プーチン政権は野党や反政権派への圧力や、インターネット規制を強化するなど独裁色を強めている。

 このようにベラルーシやロシアが民主主義とは反対の方向に進む中で、ロシアなどの知識人やリベラル派は、ウクライナの民主主義に希望を抱いていた。2004年のオレンジ革命で親欧米政権が発足し、その後、紆余(うよ)曲折はあるものの、欧州連合(EU)や、北大西洋条約機構(NATO)加盟の方針を掲げている。

 そのウクライナで4月に行われた大統領選決選投票で、政治経験のないコメディアン俳優のゼレンスキー氏が圧勝し、5月20日に大統領に就任した。ロシアの知識人にとってゼレンスキー氏の圧勝は、かつてロシア共和国の国民が熱狂的にエリツィン氏を支持したことを彷彿(ほうふつ)させた。

 ウクライナの著名な政治学者ヴァディム・カラセフ氏は、次のように語っている。「しかめっ面が得意なコメディアンが大統領選で勝利したのは、ウクライナ人が成熟した国民になっていないからだ。ウクライナ人は幻想を捨てるべきだ」

 また、ウクライナマネージメント分析研究所のモルチャノフ氏は、ゼレンスキー氏の当選は、オリガルヒ(富豪)らのイメージ戦略に国民が乗せられた結果と指摘する。「ポロシェンコ政権下で利益を得て財産を増やしたオリガルヒは、ウクライナきっての大富豪アフメトフ氏のみ。その他のオリガルヒは政権交代を望み、ゼレンスキーを支援した。ゼレンスキー氏は議会に基盤がなく、弱い大統領になる」

 ロシアでは2月、「クレムリンの枢機卿」と呼ばれるスルコフ大統領補佐官が、新たなコンセプトを打ち出した。スルコフ氏はかつて、プーチン大統領の強権的手法や国家統制強化を正当化する「主権民主主義」思想を提唱し、プーチン大統領から重用された人物だ。

 「プーチンの長期国家」と名付けられた新たなコンセプトは、特に2014年以降に拡大したプーチン大統領による強権体制を思想面から支えるものだ。権力分立による相互チェック機能に代わるものとして、「国民と最高指導者の信頼関係に基づくコミュニケーション」を打ち出し、独裁的手法を正当化する。

 これらは、自らを「カザフスタンのツァーリ(皇帝)」と呼んだ、同国のナザルバエフ前大統領の政治手法を彷彿させる内容である。クレムリンに近い政治学者らはすでに、このコンセプトを国民の愛国主義教育に利用しており、“プーチン独裁”はさらに強化される方向だ。