制裁に苦しむロシア、経済制裁の損失は2000億ドル

 これまで高い水準で推移してきたロシアのプーチン大統領の支持率が下落したまま、回復する兆しを見せていない。年金改革などへの反発に加え、欧米などによる経済制裁が国民生活に打撃を与えているためだ。プーチン政権は、制裁によりロシアは逆に強くなったと強弁するが、先行きは不透明だ。
(モスクワ支局)

民族の団結訴え欧米敵視

 プーチン大統領の支持基盤は庶民層であり、その中でも、中高年層が中心となる。多くの人々にとって同大統領は「慈悲深い皇帝」とも見なされる存在であり、批判の対象とは成り得ない。

キリル総主教

全世界ロシア国民会議議長を務めるロシア正教会トップのキリル総主教(EPA時事)

 増税、汚職、国民に不人気な政策や、さまざまな事件・事故とプーチン氏は何ら関係がない。すべてはメドベージェフ首相をはじめとする政府閣僚、下院、そして知事らが画策したもの、もしくは彼らの失態による産物である。

 しかし、例えば、プーチン氏が自ら年金改革について失言をしたり、経済の低迷による国民生活の悪化が長く続くなど、「慈悲深い皇帝」という幻想が揺らぐ事態となれば、それを修復するために、多くの努力と、さまざまな演出が必要となる。

 クレムリン大会宮殿で11月1日に開催された「全世界ロシア国民会議」(ロシア人の団結のためロシア正教会が主催)に、実に17年ぶりにプーチン大統領が出席したのも偶然ではない。同会議は毎年開催され、今年で25年目となる。

 これまでにプーチン大統領が同会議に出席したのは、2001年の1回のみ。大統領になって間もない当時のプーチン氏にとっては、すべてが興味深かったのだろう。

 ただ、その後、同会議への興味を失ったようだ。同会議事務局は次第に縮小し、現在では大統領府から離れた、モスクワの救世主キリスト聖堂に付随する建物の一角に間借りしている。

 そのような中で、今年の全世界ロシア国民会議には、同会議議長のキリル総主教、プーチン大統領のほか、権力省(国防省や内務省など)の閣僚、大統領補佐官など、そうそうたる面々が参列したのだ。

 そこでプーチン氏は国内だけでなく世界各地のロシア人が団結し、ロシア民族のアイデンティティーに敵対的な世界―グローバリズムの攻勢に備えるよう呼び掛けた。

 「伝統的な価値観を破壊し、民族を引き裂き、民族の記憶を消し去り、世界をつくり変えようという動きがある。われわれを従属者の位置にまで引きずり降ろし、自らの利益のために、まるでわれわれを小銭のように使おうとするだろう」

 ロシアの精神性やアイデンティティーを訴える舞台として全世界ロシア国民会議は格好の場だったのだろう。しかし、なぜここまでプーチン大統領が、民族のアイデンティティーにこだわり、外敵に備えるよう訴えるのか。

 それは、ウクライナ・クリミア半島の併合により欧米が踏み切った対ロシア経済制裁により、国民生活の窮乏が次第に広がっており、貧困の拡大による人々の不満が、政権に向くことを恐れているためだ。

 現時点で、ロシアの約2000万人が貧困ライン以下の生活を余儀なくされており、また、8割の人々が、預貯金を持っていないとされている。

 対露経済制裁によりロシアは1500億ドルから2000億ドルを失った、との試算がある。当然、政府の歳入も減少しており、その分、増税や社会福祉の削減により埋め合わせする必要がある。それは年金改革や数々の増税・社会サービスの値上げとして現実のものとなっており、国民生活をさらに窮乏させることとなった。

 制裁が解除されれば、状況は好転するだろう。しかし、プーチン氏にとって、クリミア併合以前の状態に時計の針を戻す選択肢はない。それは今後も経済制裁が続く、もしくは強化されることを意味している。

 メドベージェフ首相は「ソ連は何十年もの間、国際社会の制裁下にあったが、何も恐れることはなかった」と強弁した。また、クレムリンに近い知識人は次のように語っている。「制裁の強化は、ロシアとロシアの精神世界にとって救いである。もし制裁がなければ、われわれは西側の植民地となっていただろう。制裁のおかげで、逆にわれわれは“帝国”として残ることができるのだ」。これら強気な発言は、プーチン政権の焦りの表れに他ならない。