ロシア 地方で広がる抗議運動

 5年に1度の下院選挙を来年に控えるロシアで、経済の低迷などを受け、国民の間に不満が広がりつつある。モスクワなど大都市では目立たないが、ハバロフスクなど地方では大規模な抗議行動が行われている。その一方で下院に、大統領経験者に対する不可侵特権を拡大する法案が提出され、プーチン大統領(68)の病気説や、次期大統領選の前倒し説に勢いを与えている。
(モスクワ支局)

流れるプーチン大統領病気説
退任後の終身特権付与へ法案

 ロシア下院に5日、大統領経験者とその家族に対する不可侵特権などを大幅に拡大する法案が提出された。同法案によると、大統領は退任後に終身上院議員に就任する。拘留、逮捕、家宅捜索、尋問などは禁止され、刑事責任を負ったり、行政罰の対象となったりすることもない。

ロシアのプーチン大統領=6日、モスクワ(AFP時事)

ロシアのプーチン大統領=6日、モスクワ(AFP時事)

 大統領の任期中に行った行為だけでなく、それ以前や退任後の行為についても同様の扱いとなる。また、この不可侵特権の対象は、退任した大統領とその家族の自宅、事務所、車両、通信手段、文書などにも及ぶ。

 不可侵特権の剥奪は、国家に対する反逆や、その他の重大な犯罪を受け、下院が行う告発に基づき、上院が決定する規定だ。つまり、不可侵特権を剥奪することは非常に困難ということになる。

 当然、これはプーチン大統領が退任後の準備をしていると見るのが自然だろう。政治学者のクラシェニンニコフ氏は「プーチン大統領はこれにより、自らの取り巻きが刑事罰の対象になることを回避し、自らが長年にわたり築いた政治システムを今後も維持する考えだ」と述べている。

 ところで、英大衆紙サンが6日、プーチン氏にパーキンソン病の疑いがあり、来年初めに辞職する予定だと報じた。ペスコフ大統領報道官は「完全なたわごとだ」と報道を否定したが、下院への“不可侵特権拡大”法案の提出が、疑惑に拍車を掛けた形にもなっている。

 サンが言うように、プーチン氏が来年初めにも辞任するかどうかは分からないが、来年は5年に1度の下院選挙が行われ、ロシアの政治が揺れ動く年となるだろう。

 現在の政治・経済情勢はプーチン政権にとって逆風である。低迷するロシア経済にコロナウイルスの感染拡大が更なる打撃を与え、国民生活の悪化が止まらない。原油や天然ガスの輸出先である欧州でもコロナウイルスが猛威を振るっており、ロシアの景気が上向く兆しはない。

 これに加え、8月のベラルーシ大統領選をめぐる対応がロシアと欧州の溝を広げ、加えて旧ソ連諸国のアルメニアとアゼルバイジャンの係争地ナゴルノカラバフをめぐる争いの影響が、ロシア経済に重くのしかかっている。

 モスクワなど大都市では、プーチン政権に対抗する「体制外野党」の活動は抑え込まれている。憲法改正をめぐる7月の国民投票に反発する「体制外野党」が呼び掛けたモスクワでの集会に集まった人々は、数百人にすぎなかった。

 下院には、与党「統一ロシア」のほか、共産党、ロシア自由民主党、公正なロシアの3党が野党として議席を持つが、例えばクリミア政策などでこの3党はプーチン氏を全面的に支持している。政権に対する批判はうわべだけで、事実上の翼賛議会の「体制内野党」である。

 これに対し、プーチン政権の汚職を追及し、8月に旧ソ連の軍用神経剤「ノビチョク」系の毒物を盛られた疑いがあるアレクセイ・ナワリヌイ氏が率いる野党などが「体制外野党」と呼ばれる。

 「体制外野党」の抗議活動がモスクワなど大都市で抑え込まれている一方で、極東のハバロフスク地方、極北のネネツ自治管区、ボルガ地方にあるバシコルトスタン共和国では、政権に対する抗議活動が広がっている。

 ハバロフスクではフルガル前知事の逮捕、ネネツでは隣接するアルハンゲリスク州との合併、そしてバシコルトスタンでは環境汚染に反発する人々が立ち上がった形だ。

 しかし、これらはきっかけであり、抗議活動の底流にはプーチン政権・連邦政府への根強い不満・反感が渦巻いている。

 興味深いことに、ハバロフスク地方での抗議行動では「モスクワよ目覚めよ」とのスローガンが掲げられた。この呼び掛けがどこまで広がり、どれだけの人々が立ち上がるのか。クリミア併合などで愛国心を鼓舞し、支持率を高めてきたプーチン政権のマジックはその力を失いつつある。