シリアの混乱増すと米国のクルド人政策を非難する英紙ガーディアン
◆新段階に入った内紛
シリア北部のクルド人をめぐり、隣国トルコと米国との間でさや当てが繰り広げられている。米国が過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦でクルド人を動員し成果を上げた一方で、存在感を増すクルド人に隣国トルコが警戒感を強めているからだ。今や「友の友は敵」(英紙ガーディアン)とでもいうべき、敵味方入り乱れる複雑な戦場になろうとしている。
米国主導の有志連合が今月中旬に、クルド人を主体とする3万人の国境警備隊を設けることを発表し、トルコが強く反発、シリア内のアフリンを攻撃し、多数の死傷者が出ている。これを受けてガーディアン紙は社説「新段階に入ったシリアの内紛」で、クルド人勢力は、北部のトルコ国境沿いに「回廊」を設置し、「自治」を維持しようとしていると指摘した。
同紙は「クルド人居住地域アフリンへのトルコの攻撃で、7年に及ぶシリア内戦は新たな、不快な段階に入ったが、予測されていたことだ」とトルコによる攻撃に対して冷静な対応を見せた。その一方で、「唯一驚くべきことがあるとすれば、トルコの作戦名『オリーブの枝』だ」とトルコの軍事侵攻を揶揄(やゆ)した。平和を象徴するオリーブの枝というよりも、剣を投げ込むような行動だからだ。
◆NATO内に亀裂も
同紙はトルコをアフリン攻撃に踏み切らせた直接の原因は、ティラーソン米国務長官の発言とみている。同長官は、米軍が無期限にシリアにとどまり、クルド人を保護すると語ったからだ。クルド人を敵視するトルコとしては当然の反応だが、ガーディアン紙は「米国からのメッセージは矛盾しており、事態をさらに悪化させる」と米国の対応に批判的だ。
クルド人を支援する一方で、北大西洋条約機構(NATO)加盟国トルコとの関係を悪化させてNATO内に亀裂をもたらしているからだ。
クルド人は、イラク、シリアでのIS掃討作戦で活躍し、その勇猛果敢な姿が世界のメディアで報じられた。シリアではトルコ国境付近に多く住むクルド人だが、その歴史は苦難に満ちている。
トルコのクルド人は、政府に言語や文化を否定されるなどの弾圧を受けてきたとされているが、シリアのクルド人も、ハフェズ・アサド前政権の当時から冷遇され、国籍を与えられない、資産の没収など辛酸をなめてきた。シリア人口の10%から15%ほどとされているから、200万人から300万人と決して少なくはない。
そのクルド人に対して融和政策が取られるようになったのは、2011年に民主化運動「アラブの春」の下で反政府活動が活発化し始めてからのことだという。今では、北部の居住地域で、事実上の自治を確立している。
英誌エコノミストによると、クルド人組織「民主連合党(PYD)」が16年にクルド人自治地域「ロジャバ」を宣言した。PYDは、シリアからの分離を目指したものではないとしているが、中央政府のシリア政権としては受け入れられるものではなく拒否、トルコも宿敵クルド人勢力の基盤強化につながるとして、反発している。
◆自治の確立へ正念場
同誌によると、PYDの幹部は、ロジャバを「民主主義の実験」と呼んでいるという。女性の社会進出を進め、村々に委員会を設置している。封建的なイスラム社会、アサド政権の独裁支配の下で抑圧されてきた民意を反映させることで、自治地域内の民主化を進めようとしている。だが一方で、批判を受け入れず、PYD以外の政党に対する抑圧もあるなど、民主主義が根付くには時間がかかりそうだ。
内戦の混乱の中でどさくさに紛れて獲得したような格好の自治だが、PYD幹部らは「ロジャバが再び、ダマスカス(アサド政権)の直接の支配下に戻ることは決してない」と自治の維持に自信を示す。
シリア北部は石油・ガスが豊かな地域だ。しかし、その富は中央政府に吸い上げられ、クルド人の地元に投下されることはなかったという。そのクルド人にとって、今こそ自治の確立への踏ん張りどころだ。
エコノミスト誌は、「ロジャバを維持するために、クルドは手に入れたものを一部手放さなければならなくなるだろう」とアサド政権との関係で、今後の波乱を予想する。連邦制のような形に落ち着けば、クルドとしては悪い話ではないはず。
ガーディアン紙は「このような事態になるのは誰もが知っていたが、どのように終わるかは誰も知らない」と先の見えないシリアの現状を指摘した。ISが殲滅(せんめつ)されてもシリアの混乱は終わらない。
(本田隆文)