実現性のないシリア和平案
無視できぬアサド政権
複雑な構造の社会で存在感
アラブ・イスラーム世界では約束したり、予定を決めたりするときには「イン・シャア・アッラー」という言葉をもって締めくくるのが恒例である。「アッラーがそれを認めるならば」というこの言葉は「全ての事はアッラーがお決めになる」というイスラーム教の基本を日常的に表現した言葉でもある。100パーセント確実に事は成れると確信していても、アラブ・イスラーム世界ではその決定はアッラーにあると考え、現実に事が成るまで信じるということはない。
12月18日、国連安保理で全会一致で決まった「シリア内戦の停戦実現と移行政権樹立に向けた和平案」はその会議終了の言葉をこの「イン・シャア・アッラー」で結ぶべきであったろうと思われる。この「シリア和平案」は新年早々に開催されるべきだとの声の下、半年以内に移行政権の発足、1年半以内に新憲法制定、議会選挙の実施を行うというおよそアラブ的とは言えないスケジュールが暗黙の下に定められている。今年は米国の大統領選が控えており、その結果このスケジュールがギリギリの線となったのであろうと思われるが、アッラーにこの成否を尋ねなくとも実現不可の感が強いと言えよう。
しかし、シリア情勢はやがては紛争が終焉し静かな夜が訪れ、逃避した人々も戻り、以前のように優雅なダマスカスを楽しめるようになると思われるが、4000年以上の歴史があるシリアのこれまでの歩みを考えると、国連が考えるほど容易ではない。騒乱には慣れている世界ではあるが、4年以上にわたる紛争から生まれた怒りと悲しみは深い憎悪の空間を生み、復讐を求める人々を誕生させる。それゆえ、どのような和平案が成立したとしても恩讐の世界から逃れることはできない。
大量の難民・移民の発生とテロの拡散・激発によって世界はようやくシリア問題の解決へと動き出したが、様々な集団が複雑な組み合わせで構成されて争っているシリア内戦を論理的に説明することは難しい。内戦を構成している集団は日々その相手を変え、時には自ら変化し、1日として同じ情勢に留まっていない。情勢の変化に応じて、その姿を変えるのがアラブ世界の特徴である。様々な文化が交差する中東という世界で生き抜いてきたアラブ族の行動は、その明日の姿を描くことは困難である。
国連和平案の最大の欠点は、アサド政権の取り扱いに関して何ら具体的な内容が決められていないという点にある。それは同時にアサド・バース党政権を支持しているシリア国民の存在を無視した上に和平案は構築されているということでもある。
シリアは長い歴史を有する国で、首都ダマスカスは世界で最も古い都の一つであると言われ、それゆえの多民族、多宗教国家でもある。人口の70%がイスラーム教スンニー派に属していると言われているが、その中には部族には属さず現政権を支持するアラブ系も多い。残り30%は西の山岳地帯からレバノン山脈にかけての明らかにアラブ族ではない様々な民族が居住し、それぞれが独自の解釈をする各種の宗教集団を形成、複雑な社会構造を形成している。
これら様々な少数民族、宗教集団がイスラーム・シーア派の一派であると自称するアラゥイ派なる集団との共存関係を形成、スンニー派アラブ族との確執の歴史を形成してきた。彼らはアラウィ派のアサド政権を支持し、その庇護の下に現在あるのは、アラブ系イスラーム教徒との確執から身を守るためと言われ、それゆえアサド大統領支持を主張している。
また、スンニー派の中にも部族に属さないスンニー派アラブ人もアサド政権の庇護の下に身を置き、身の安全を図っている。このような構造がアサド大統領の支持率40%以上の結果をもたらし、アサド・バース党政権はシリア政局を考える場合、決して無視できない存在である。
国連和平案は、シリア政治に大きな影響力を持つアサド政権を除外することによって成立した。それゆえ、この和平案はシリアの現状を無視した和平案であると判断されるもので、アサド・バース党政権を参加させないという和平案は、現実的な政策とは言い難いと言える。現在、ロシアがアサド・バース党政権の存続を主張し、最初からの和平交渉参加を主張しているが、今後の交渉の展開や国際環境の変化によってはその主張を曲げる可能性も否定できない。
また、欧米の反体制派組織「シリア国民連合」を中心としたシリア再建構想は、様々な集団の集合体である「シリア国民連合」の不統一性や低い政治力から考えて将来のシリアを運営しうる力がないことは明らかである。ましてやシリアの現状は、過激派組織「イスラム国」(IS)はじめ様々な武装勢力が存在し、再建構想の結果が出れば、その側から攻撃され崩壊することは明らかであり、片や欧米が心血を注ぐIS壊滅は新たな武装集団を生み、その上でのアサド大統領不在の和平案は現実性に欠け「イン・シャア・アッラー」の世界にあると言える。
(あつみ・けんじ)