イラク空爆、地域の安定へ戦略的対応を
オバマ米大統領は、イラク、シリアの一部を支配下に置くイスラム過激組織「イスラム国」の勢力拡大を阻止するため空爆による軍事介入に乗り出した。キリスト教徒、ヤジディ教徒など少数派の「大量虐殺」を止め、イラク北部のクルド自治区の主要都市アルビルへの侵入を阻止するための「限定的」な介入としているが、混乱するこの地域の安定のためには本格的な政治的、軍事的な支援が必要だ。
イスラム過激組織を狙う
オバマ大統領は「大量虐殺に当たる恐れのある行為を阻止するため、慎重に責任ある行動を取ることはできる」と表明した。イラク北部では、イスラム国が勢力拡大を続けている。イラク、シリアで戦闘に従事しゲリラ戦、市街戦に長けた戦闘員は、1万人を超えるとみられ、すでに北部の要衝を抑え、イラク最大の水力発電所、油田などを支配下に置いている。
空爆の直接の契機となったのは、北部のキリスト教徒や、シリア国境に近いシンジャルのヤジディ教徒らがイスラム国の虐殺の脅威にさらされていることだ。すでにシンジャルの住民のほとんどは町を出て、一部は付近の山中に避難している。国連も支援に乗り出し、米軍は食料、水を投下している。
イスラム国は東方のアルビルに向けて攻撃を行っている。アルビルはクルド自治区の首都であり、欧米の多くの石油企業もここに拠点を構えている。米国人も滞在しており、すでに退去を始めているもようだ。空爆はアルビルの米石油権益を保護する狙いもあるとみられる。
イラクではシーア派のマリキ首相が独裁色を強めているとの批判がかねてあり、スンニ派から強い反発を招いていた。8年にわたるマリキ政権下で、国内の各勢力間が対立を強めたのは確かだ。イスラム国は、こうした混乱に乗じてイラク支配に乗り出した。
指導者のアブバクル・バグダディ容疑者は、シリアからイラクにかけてのイスラム国家樹立を宣言、自ら最高指導者カリフ(預言者ムハンマドの後継者)の地位に就いた。その下にイスラム過激派らが集結しているとみられ、イスラム国はテロの温床となる可能性もある。
だが、オバマ大統領のこれまでの対テロ戦、中東政策からは、テロ組織根絶への意思は見えてこない。バグダディ容疑者自身も対米攻撃の可能性を示唆しており、勢力を拡大し基盤が整えば、欧米など国外でテロを実行することは十分考えられる。
イラクの過激組織の勢力拡大を抑える責任は、イラク政府にある。しかし、強力なイスラム国を駆逐するには国外からの軍事支援が不可欠だ。
中東に吹き荒れた「アラブの春」で各国の長期独裁政権は退陣したものの、その後、リビアでは部族間の衝突が激化している。シリアでは内戦が続き、イラクは米軍撤退後も政治的混乱とテロがやまない。
長期的な介入が必要
中東の安定には、米国などによる軍事力を含む長期的、戦略的な介入が必要だ。一時的な限定空爆だけでは、かえってイスラム過激派や反米勢力を勢いづかせることにもなりかねない。
(8月10日付社説)