新憲法を生んだアラブの春

渥美 堅持東京国際大学名誉教授 渥美 堅持

イスラーム集団と距離

過激派と最後の闘争の時代

 アラブの春と呼ばれた連続的な騒乱事件は4年目に入った。チュニジアに端を発した騒乱は旧政権の体制を維持しながら大統領、国会議員を国民の手で選択するという結果をもたらしたが民主主義、自由、平等の確立とはほど遠い結果をもたらした。チュニジアにおいてもエジプトにおいても国政は一時的にイスラーム集団の手に委ねられたが、自由、民主主義からほど遠い国政が敷かれるに及んで政治は停滞し、生活環境の改善は遠のいた。

 国民はイスラーム集団の手による現状に高い不満を抱きイスラーム色に反発、イスラーム集団から国政を取り戻す行動を選択、これにより情勢は再び3年前の出発点に戻った。国民はイスラーム集団には民主的な国家はつくれないことを学び、安心して政局を委託できる集団として既存の旧組織を選択した。

 エジプトとチュニジアでは最初の政権は崩壊もしくは停滞、暫定政権登場の下、念願の新憲法が起草され、今年1月に国民の同意を得た新憲法が誕生した。新憲法ではイスラーム色が完全ではないが消え去り、大統領の権限と期間が定められ、これまでよりも言論の自由、集会の自由が保障され、少なくとも旧政権より自由な雰囲気に満ちている。

 しかし、イスラーム的環境の再登場を拒否する憲法上の規定は、国民が望んでいる安定した環境を保障するものではない。新憲法下では世俗政権とイスラーム勢力との対立は避けられないと見られているからだ。

 新憲法によって政局から弾き出されたイスラーム勢力は新政権下でおとなしく柔軟な政局を形成することに協力する集団も登場すると思われるが、穏健的なイスラーム世界の創造を求めて動く集団に並行して過激的な方法をもって新政局に臨む集団も現れることは避けられない。

 国民が3年の間に学んだ結論は「安定した環境の創設」であった。民主主義を唱える集団は能力において未熟な集団であったためベテランのイスラーム集団の台頭を一時許したが、それは「安定した環境の創設」とはほど遠いものであった。「アッラーは偉大なり」という旗ではなく、国旗の下で行われた運動の結論は惨めなものであった。エジプトとチュニジアでは結論の出し方は異なっていたが、国民はイスラームとの距離を設定することを望んでいることを自覚し実行した。

 これから半年の間にエジプトもチュニジアも新憲法の下で大統領が選ばれ、国会議員が登場し、そして立法機関が本格的に動き出すことになる。だが、それを動かすのは旧行政府である。そして以前の軍組織と内務・治安組織が存在し新体制を維持していくことになる。当然のことながらこの体制に反対するイスラーム集団、世俗集団が登場し、その中から過激集団が生まれる。世の混乱が彼らにとって必要不可欠な環境であることはこれまでの歴史から想像することは容易であり、その結果、政局は不安定な中で演出されることになる。

 現在、エジプトでもチュニジアでもイスラーム過激集団とおぼしき集団の過激行動が起きている。それは日増しに激化している。政府機関が襲われ犠牲者が多数出ている。イラクの崩壊、リビアの崩壊が武器の大量な供給源となってアフリカ、中東の武器市場を豊かなものにしている。

 その結果、イラク、シリア、エジプト、リビア、チュニジアそして中央アフリカと紅海に臨む戦略的要地であるイエーメンで起きていることは、豊富な武器を持つ過激集団との対立の構図である。この世界の歴史は帝国主義から独立、そして建国という過程を経て今日を迎えているが、その根底には常にアイデンティティーの対立が存在していた。中東ではアラブ・ナショナリズムとパン・イスラームイズムとの対立である。

 しかし、今やアラブ・ナショナリズムの時代は終わり、個々の国家主義台頭の時代に入っている。アラブ・ナショナリズムの象徴でありアラブの大義と謳(うた)われたパレスチナ問題は、その役目を終え、時代の変化を示している。アラブの春は国家主義に刺激を与え新たな憲法を国民に示した。だが、それはパン・イスラームイズムとの共存ではなく個人の信仰としてのイスラームとの共存時代の幕開けであった。

 新しい時代の到来までにまだ時間がかかる。これらの地域は、これから過激なイスラーム集団の攻撃を受ける状況が常態化する可能性がある。それは、この世界が最後のアイデンティティーの闘争の時代に入ったことを意味する。

 エジプトでこの闘争は故ナーセル大統領の時代に開始したが、ムバーラク大統領の時代を経ても終わらなかった。国際的なテロ対策の一環としてムバーラク大統領は努力したが、逆に自由の侵害者として国民から糾弾を受け、その座から下ろされた。新憲法によりイスラーム集団に対して強制的に政治との決別を宣言した新政府は、3年の間をおいて再び過激的イスラーム集団との戦いに臨むことになる可能性が高い。その最後の戦いという環境が4年目のアラブの春を特徴づけるものとなる。

(あつみ・けんじ)