『反日種族主義』執筆と波紋 「李承晩学堂」理事 朱益鐘氏

インタビューfocus

 日韓関係の悪化が続く中、韓国の過度な反日路線の問題点を指摘し韓国で10万部のベストセラーとなった『反日種族主義』が話題を呼んでいる。著者の一人で私塾「李承晩学堂」の理事を務める朱益鐘氏に執筆経緯や反響などを聞いた。
(聞き手=ソウル・上田勇実)

間違った反日正す契機に

まず本を出した経緯から。

朱益鐘氏

 チュ・イクジョン 1960年生まれ。ソウル大学院で経済学博士号取得。ハーバード大客員研究員、大韓民国歴史博物館学芸研究室長などを経て落星台経済研究所研究委員。保守系団体の教科書フォーラムによる『代案教科書 韓国近現代史』編纂に加わり、著書に『高度成長時代を拓く』(2017年、共著)など。

 やはり文在寅政権が発足してから日韓の慰安婦合意が事実上破棄されたり、昨年10月には元徴用工による訴訟の判決で日本企業への賠償命令が確定したことがきっかけだ。筆頭著者である李栄薫元ソウル大学教授が韓日関係が危機に陥ることを心配し、今必要なのは韓国で間違ってつくられた反日主義を正すことだと判断した。昨年、YouTubeに開設したチャンネルで「反日種族主義の打破」というテーマで講義した動画を45本アップしたが、もともと出版も念頭に置いて原稿も準備していた。それをまとめたのが本書だ。

本のタイトルに「種族主義」と付けた理由は。

 韓国には強い民族主義があるが、西欧諸国のそれとは違い閉鎖的で排他的だ。特に日本に対してのみ敵対的。もちろん過去の歴史もあるが、他の部族や隣人社会を敵と見なして攻撃する部族社会に通じる面があるという意味で名付けられた。

反響が大きいようだ。

 歴史がここまで歪曲(わいきょく)されていたとは知らなかったという驚きの反応がある一方、不愉快だと腹を立てる人もいた。史実として例えば、独立運動家が捜査され拷問を受けたことはあったが、大量虐殺はなかった。朝鮮半島の場合はそこで戦争をしたわけではない。強制動員の問題も徴用で連れて行ったのは1944年9月の徴用令以降だから実質8カ月くらいで、その前は募集・斡旋(あっせん)だった。それなら韓国が被った被害は何か、甚大な被害を被ったはずだと思って不愉快になるわけだ。知らなかったと思う人の中には、今までの教科書の記述や政府の話とは違うことが事実だと言っているのだから、真相は何か突き詰めてみようと考え始める人も多い。

不正疑惑の渦中にいる曺国法相は同書を「吐き気のする本」と批判した。

 保守派の宣伝などで売り上げが3万部になった後、曺法相の発言とそれに対する私たちの反論、告発などでさらに話題になったことで10万部まで伸びた。

 ただ、李元教授が理事長を務める落星台経済研究所には汚物が撒(ま)かれたり、別の著者の一人は外を歩いていた時に誰かにいきなり唾を吐き掛けられるといった嫌がらせも受けている。とは言え、一般の人たちの反応はそういう侮辱を甘受してまで本を出すということは逆に真実を伝えているのではないかというものだ。暗黙の了解を得ている側面もある。

マスコミにも取り上げられたか。

 朝鮮日報、中央日報、東亜日報の大手3紙に本の紹介を依頼したが、最初はどこも友好的でなく記事を掲載してくれなかった。記者が李元教授をインタビューしたのにデスクでボツにされたこともあった。本ではできる限り事実に基づいて書き、刺激的な表現もしなかったつもりだが、韓国社会では受け入れ難いと判断したためだろう。その後、東亜日報の論説委員がコラムで「まずは読んでみて事実か否か検証してみよう。読みもしないのに親日派が書いた本だと決め付けるべきではない」と書いた。これが一番友好的なものだった。

徴用工判決 事実押さえず
「司法自制の原則」にも違反

いわゆる従軍慰安婦問題の韓国側の誤解は何か。

反日種族主義

韓国のベストセラー『反日種族主義』(未来社刊)

 韓国では慰安婦支援団体の「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」(旧、韓国挺身隊問題対策協議会)による、日本の官憲が強制的に連れて行ったという主張が定説になっている。移動の自由もなく、一日に何人もの相手をさせられ、だから性奴隷だと。しかし根拠がない。日本軍が慰安所を設置して管理・運営したので最終的責任を負う立場にいるが、当時、公娼制があって貧しい家庭の娘を供給する民間のチャンネルがあった。その需要元が軍になっただけだ。慰安婦個人の立場からすれば自分が望んで行ったのではないし、いい職があると親や親戚から言われて実際に行ってみたら騙(だま)されたわけだから詐欺も同然だが、民間で起きた出来事だ。またある程度、働けば親が業者からもらったカネを返すことになるので自由の身になったり、もっと条件のいい所に移った人もいた。

 日本側にも慰安所を作った責任があるので、これまで90年代以降、謝罪してきたし、安倍晋三首相も朴槿恵大統領との間で合意した際、再度謝罪し、資金も出した。できる限りのことをやってくれたのだからこのくらいで終止符を打つべきだったのに、支援団体は謝罪に真実味がない、違法行為に対する賠償をしろと無理な要求を突き付けている。韓日関係を意図的に破綻させようとしているとしか思えない。

元徴用工訴訟問題における誤解は。

 そもそも日韓請求権協定で韓国側は、日本に徴用された後、死傷せずに帰国した人たちへの補償要求を貫徹できなかったため、一切の請求権が完全かつ最終的に消滅したというのは正しい。昨年の大法院判決の原告4人のうち2人は日本製鉄(旧、新日鉄住金)の募集広告に応募した。しかも事故が多い炭鉱より労働条件がいい製鉄所だ。数カ月後にその職場が徴用事業所に指定された。だから韓国から強制的に徴用されたわけではない。別の1人は軍属になって捕虜の監視をしていた。それなのに大法院は1人当たり1億ウォン(約900万円)の賠償を命じている。判決は歴史的事実をきちんと押さえていないのではないかと思った。

 また判決は、協定では植民地支配の被害が扱われなかったので今扱うという立場だが、明らかに請求権協定と衝突すると分かって、別の問題だと言っている。だから要求できると。しかし司法自制の原則というものがあり、条約を破ったり外交関係を損ねる判決を下してはならないはずだ。今回の判決はそれを無視してしまった。

日本でも翻訳本を出版する動きがあり、関心を集めそうだ。

 私たちの動画にはこちらが原稿を提供したわけでもないのに日本語字幕が付けられていたりする。この種の動画を日本人は韓国人の5倍くらい視聴しているのではないか。韓国人は韓日関係悪化に関心がなく、韓国側のどこに問題があるのかと思っている人が多い。当然、日本が謝罪、賠償すべきであり、そうしない日本は悪いと思っている。日本側の書き込みを見ると、もちろん嫌韓派による韓国非難もあるが、関係悪化を憂慮する人も多い。韓国で本に記されたような認識が広がってほしいというものもある。韓国と日本では全く対照的な反応だ。

 『反日種族主義』 2019年7月10日、未来社から発行。全413㌻。副題は「大韓民国危機の根源」。李栄薫元ソウル大学教授はじめ6人による共同執筆。8月、教保文庫(ネット販売含む)など大手書店でベストセラー1位を記録。