文政権下「敵が消えた気分」  ボクシング元世界王者の嘆き

何処へゆく韓国 「親北反日」の迷路(1)

 北朝鮮に対し過度な融和路線を進め、日韓歴史問題で両国合意を事実上反故(ほご)にする韓国の文在寅政権は国内外から不審の目を向けられている。なぜそうした政策を続けるのか。韓国はどこへ向かおうとしているのか。現状報告する。(ソウル・上田勇実)

激減した安保講演依頼

 日本人観光客が多く訪れるソウルの繁華街、明洞に「チャンピオンビル」の通称で呼ばれる9階建ての建物がある。待ち合わせ場所に指定されたビル3階のコーヒーショップに一人の男性が現れた。洪秀煥氏(69)。WBA世界バンタム級、同ジュニア・フェザー級(現スーパー・バンタム級)で韓国人初の2階級制覇を果たした元ボクシング世界チャンピオンだ。

洪秀煥氏

チャンピオンビルでトロフィーをバックにポーズを取る洪秀煥氏(5日撮影)

 「ボクシング選手にとって平和とは常日ごろから一生懸命練習し、その結果勝って初めて手にするもの。軍人も同じだ」

 洪氏は熱っぽくこう語り始めた。現在、同ビルのオーナーで社団法人・韓国拳闘委員会の会長を務める。ジムでは後進の育成に汗を流す。

 1977年、パナマで行われたジュニア・フェザー級初代王座決定戦では17歳のカラスキリャ選手に2回に4度のダウンを喫しながら3回にKO勝ちを収め、「四転五起神話」と評された。「為(な)せば成る」という勇気を国民に与えた。その経験を活(い)かし軍部隊で安保講演の講師を長年務めてきた。

 「父は北朝鮮平安北道義州の出身。(日本統治から)解放後、共産党が嫌いだったので46年に韓国に南下した。私は自由民主主義が大好きだ。韓国は北朝鮮に経済支援したのに北朝鮮からはラングーンでのアウンサン廟(びょう)爆破、大韓航空機爆破、哨戒艦撃沈、延坪島砲撃など武力攻撃ばかり返ってくる。いったい金日成、金正日、金正恩のどこが偉くて、何を信じてわが国の大統領は何度も平壌まで足を運ぶのか理解できない。安保講演で欠かさず話す内容だ」

 ところが文政権発足を境に洪氏への安保講演依頼がパタリと途絶えた。北朝鮮に厳しい主張が政権の意向に反すると判断されたためだ。洪氏は心境をこう吐露する。

 「文政権は以北(北朝鮮)の誰かの目を気にして政治をしている。全くおかしな話だ。先日も東海岸の三陟港に北朝鮮木造船が入ってきても政権上層部の顔色をうかがって本当の報告ができないのだから武装解除したのも同然。突然、韓国から敵が消えたような気分だ」

 文政権下では北朝鮮をできるだけ刺激しないよう軍部隊での安保講演が激減している―。韓国海軍部隊で北朝鮮工作船の攪乱(かくらん)戦術に警鐘を鳴らしてきた元北朝鮮工作員の劉承凡氏(仮名)も同様の証言をする。

 「東海(日本海)の東経132度付近は豊富な漁場で周辺国の漁船も多く集まってくる。北朝鮮はそこに目を付けてわざとその海域に船を進め、その場で一周すると監視の目を潜(くぐ)り抜けて韓国に向かうことができる。そうなれば誰も北の船と怪しまなくなる。こんな生々しい話をするのは警戒意識を高めてもらうためだ。だが、以前は多い時で毎週あった安保講演が今年に入ってからはたったの2回だ」

 別の講師によれば、軍部隊での安保講演は「教養講座や歴史教育などに取って代わられ、平和や対話が強調されるため混乱する兵士も少なくない」という。

 洪氏は元徴用工判決への対応など日韓歴史問題をめぐる文政権の姿勢にも注文を付けた。

 「私も同じ相手に2度続けて負けたことがあるが、彼が悪いのではなく私が弱かっただけだ。植民地支配も国を奪われた韓国が慢心して負けただけのこと。それなのにまだ日本のせい、日本が悪くてわれわれは支配されたと言っている。恥ずかしい。自分の負けを完全に認めなければそれ以上発展しない」

 今月3日、洪氏は約2年ぶりに軍部隊で安保講演をし、兵士たちから「スッキリした」「一緒に写真に収まってほしい」と言われた。洪氏は言う。

 「まだ大韓民国も捨てたもんじゃない。今この国は大きな危機に直面している。正しい話をする人がいるべきだ」