どう動く北朝鮮の核・ミサイル

 米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との史上初の米朝首脳会談が昨年6月12日にシンガポールで行われ、朝鮮半島の完全な非核化が合意されたものの、その実現の見通しは立たないまま年を越えた。新年早々にも2度目の米朝首脳会談が開かれる可能性がある中、北朝鮮の核・ミサイル問題はどう動くのか、日韓の有識者に聞いた。

制裁を一切緩めぬ米政権
警戒すべき北の「次の一手」

福井県立大学教授 島田洋一氏

トランプ米政権の北朝鮮政策に変化は出るか。

島田洋一氏

 しまだ・よういち 1957年生まれ。京都大学法学部卒。同大学大学院法学研究科博士課程修了。福井県立大学助教授を経て、2003年から同教授。拉致被害者を「救う会」全国協議会副会長。国家基本問題研究所評議員。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など。

 辞任するマティス国防長官は、朝鮮半島で戦争が起きれば、真っ先に突入して行く海兵隊の出身者で、軍事介入慎重派と言われていた。マティス氏が去ることで、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障担当)の影響力が高まるだろう。

 北朝鮮への先制攻撃を主張していた超強硬派のボルトン氏の影響力が高まることは、抑止力が強まるという意味で歓迎すべきだ。北朝鮮は物理的な力を含めた恐怖心を与えないと動かない。

 トランプ大統領の発言には不可解なものが多いが、それでも制裁は一切緩めていない。非核化が完了するまでは制裁を緩めないというのが、トランプ政権の一貫した立場だ。トランプ氏がシンガポール会談前にもう使わないと言っていた「最大限の圧力」という言葉も、最近はボルトン氏やポンペオ国務長官が復活させている。

米朝の非核化交渉が膠着(こうちゃく)している。

 北朝鮮は核実験場の爆破などの措置で徐々に制裁を解除させ、経済を発展させられると見込んでいたが、米国が全く制裁解除しない。このため、北朝鮮内部から出てくる情報では、9月頃から「自力更生」のスローガンが上層部から出てきた。つまり、制裁緩和に期待せず、自力の精神を強めるということだ。表面的な措置でごまかして制裁を解除させるのは、うまくいかないと認識しているようだ。

北朝鮮の次の一手は。

 複数のルートから聞いた話として、北朝鮮が打開策の一つとして考えているのが、長距離ミサイルだけを検証可能な形で廃棄する代わりに、制裁解除を引き出す、というものだ。米国に対する直接的な脅威はなくなるが、中短距離ミサイルと核弾頭は残る。日本にとっては最悪のシナリオだ。

 ゲーツ元国防長官は昨年、ウォール・ストリート・ジャーナル紙のインタビュー記事で、北朝鮮に20発程度の中短距離核ミサイルの保有を認める線で妥協すべきだとの意見を表明した。ゲーツ氏は超党派のエスタブリッシュメントの代表格であり、北朝鮮も当然それを読んでいるはずだ。その線を狙って北朝鮮が動いてきた場合、米国側に動揺が走る危険がある。

トランプ氏がその取引に応じる可能性は。

 トランプ氏は安全保障に関して素人であり、その可能性は無きにしもあらずで、懸念せざるを得ない。ただ、ボルトン氏がホワイトハウスの中枢にいる限り、それをはねつけるだろう。安倍首相もそれに応じて制裁解除してはいけないと盛んに言っている。

韓国の文在寅政権が対北融和に前のめりになっている。

 米政府は文在寅政権を牽制(けんせい)するため、財務省が韓国の大手金融機関に対し、韓国政府に協力して安保理制裁決議に違反して北朝鮮に送金するなどしたら、ニューヨークの金融市場で商売させないと圧力をかけている。もしそうなれば、国際金融取引ができなくなる。金大中元大統領はかつて、香港の銀行を通じて約500億円の裏金を金正日総書記に渡して首脳会談を実現させたが、そういうことは怖くてできないと韓国金融機関は言っているらしい。

 米国家安全保障会議(NSC)の北朝鮮問題担当に起用されたアンソニー・ルッジェーロ氏は、財務省で金融制裁を担当した人物だ。ルッジェーロ氏は就任前から、北朝鮮と取引する銀行、特に中国大手銀行にも金融制裁を発動すべきだと主張していた。NSCのルッジェーロ氏と財務省を中心に、韓国や中国の金融機関に圧迫を加えており、大規模な送金はできない。

日本は北の脅威にどう対応すべきか。

 敵基地攻撃力を持てば、北朝鮮の中距離ミサイルにある程度対抗できる。北朝鮮の司令部を攻撃できるからだ。日本は敵基地攻撃力の配備に踏み込むべきだ。

(聞き手=編集委員・早川俊行)

米朝会談失敗なら軍事力行使
政治的効果狙い正恩氏訪韓も

元韓国青瓦台外交安保首席補佐官 千英宇氏

千英宇氏

 チョン・ヨンウ 1952年生まれ。慶尚南道密陽出身。釜山大学卒後、外務省入り。2006年から08年まで北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議の韓国首席代表。駐英大使、外務第2次官を経て李明博政権で青瓦台外交安保首席補佐官。現在、朝鮮半島未来フォーラム理事長。

今年は北朝鮮の核問題をめぐり2回目の米朝首脳会談開催が予想されている。

 昨年6月の米朝首脳会談での合意に対し米朝の見解差が解消されないままの状態が続いている。「北朝鮮の非核化」とせず「朝鮮半島の非核化」と明記されるなど、内容といい列挙された順番といい金正恩朝鮮労働党委員長が願う、北朝鮮の論理をそのまま反映させた合意文が出た。このため、米国としてはまず合意内容が何だったのかを確認してから事実上の再交渉をしなければならない立場だ。

 一番重要なのは初期措置をどうするか。初期措置は申告と凍結だが、その見返りを何にするのか。北朝鮮の要求する見返りが適当なのか否かも見極め、首脳同士で合意しなければならない。

トランプ米大統領は2回目の会談でも同じ失敗を犯す恐れがあるか。

 トランプ氏が核問題解決へ何か戦略を描いているとは思えない。自分の決断や行動が北朝鮮の核問題解決に実際に役立つのか否かについての深い考えを持っていないようだ。昨年の会談では実務レベルで事前に合意内容を詰め切れなまま首脳会談を行ったため、金正恩氏の戦略に巻き込まれ失敗に終わった。トランプ氏は衝動で物事を決める傾向があり、前轍を踏めばまたもう一つの災難がもたらされるかもしれない。

もう一つの災難とは何か。

 米朝首脳会談で失敗を繰り返せば、結局、外交的解決の可能性が低くなり、軍事的解決以外に道がないという認識が広まるためだ。だから1回目の首脳会談のごとく準備不足で突入してしまうと軍事的解決の選択を早める結果を招くことを念頭に置くべきだろう。

米政権の側近はその危険性を認識しているはずだが。

 十分に分かっているが、大統領の失敗を認めるわけにはいかないので公然とは言えない。1回目の首脳会談も北朝鮮に籠絡されたと自覚しているだろう。

昨年、3度の南北首脳会談を行った韓国の文在寅大統領は、北の武力挑発を中断させ、平和の雰囲気を広めたと自画自賛し、北が核を放棄すると信じている。なぜだろうか。

 極めて純粋な対北浪漫主義だが、希望的な平和に対する幻想にすぎない。平和の幻想は膨らんだが、実際の平和は遠ざかっている。北の核戦力増強を傍観し、それでいながら3回目の首脳会談での軍事合意で韓国が北朝鮮の攻撃を防ぐ能力を自ら弱めた。

今年も対話路線を継続するだろうか。

 北朝鮮の非核化が進展しなくても南北和解プロセスを別途に進めるというのが目標だろう。ただ、その通り進めれば米国との対立は避けられない。対北制裁が緩和・解除されない段階では、いくら南北融和を進めても制裁破りはできない。国連制裁や米国独自の制裁を無視すれば米韓同盟の悪化は避けられず、米国に対する発言権の低下で北朝鮮からもあまり評価されなくなる。結局、韓国の国際社会や朝鮮半島問題における発言権が弱まるだけ。南北融和を進めようとしても、実際にできることは限られるだろう。

金正恩氏のソウル訪問は実現されるだろうか。

 金正恩氏としては2回目の米朝首脳会談の前にソウルを訪問すれば、米国の同盟国である韓国を自分の思い通りに動かせることを示すことで対米交渉力を高められる。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」の言葉通り自分の腹の据わったところを自国住民に誇示し、民族の指導者としての資質をアピールする機会にもなる。金正恩氏くらいの戦略家なら訪韓時の身辺安全リスクよりこうした政治的効果の方が大きいと判断すればソウル訪問を決断するのではないか。

(聞き手=ソウル・上田勇実)